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No. 165 2017-05-01 [撮影四方山話] 理性を失わせる八百屋さん

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 ここから歩いて10分もかからないスペースワールド。今年いっぱいで閉園となり、その後はアウトレットの複合施設になるとか・・・・。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 理性を失わせる八百屋さん
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「平成28年度そつえんしきとおもいで」
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1.[撮影四方山話] 理性を失わせる八百屋さん

 隣の隣の奥さんに久しぶりに会った時、いきなり言われました。

 「あんた、太ったね~。」

 うーん。否定できない自分が悔しいじゃあ、ありませんか。そして、それは誰のせいでもなく、自分自身をコントロール出来ない自分に責任があるのは重々承知しているのですが、ボヤキも言いたくなるのです。

 昨年、12月に北九州へ引っ越して以降も、毎朝5時からジョギング。途中、近くの商店街を通っていくのですが、もうその時刻に店の陳列を始めている八百屋さんがありました。

 12月の朝5時はまだ暗くて、時には北風が吹き抜け寒さが応えるときです。こんなに早くから感心だなあと興味を持ち、ある日、その店に買い物に行きました。

 すると驚きました。品物が圧倒的に安いんです。これで採算が取れているのだろうかと心配するぐらい安いんです。そして、毎日、その日の特売品があって、これがまたビックリ。

 1月のある日、お店に入るとお上さんが声をかけて来ました。

 「今日は珍しいものが入ってるよ。買って行きなさい。」

 見ると、サザエと牡蠣なのです。

 「おばちゃん、全国何処を捜しても、サザエと牡蠣を売っている八百屋さんはないでしょう?」

 「そんなことないわよ。」

 あまりに平然と言われると、サザエと牡蠣は野菜のジャンルに入るのかと思ってしまうじゃないですか。

 大ぶりのサザエが6個で580円。1個百円を切っているわけです。早速、買って帰って、壺焼きにしてペロッと食べちゃいました。

 またある日、お店に入っていくと、お上さんが早速声をかけて来ました。

 「今日はサンチュが安いよ。」

 見ると10枚入りのサンチュが3束で100円なんです。即、それを買って、お肉屋さんに直行。豚三枚肉(サムギョプサル)をたっぷりと買って、その日は焼肉決行。また、ペロッと食べちゃいました。

 また次のある日、お店に入っていくと、お上さんの声です。

 「今日は大葉が安いよ。」

 見ると、大葉40枚で百円なんです。

 「おばちゃん、一人で大葉40枚も食べられないよ。」

 すると、奥から旦那さんが出て来て、

 「天ぷらにすれば食べられるよ。」

 うーん、抗えないのです。「はい、わかりました。」と言って、買ってしまいました。そのまま、お肉屋さんに直行。さすがに、天ぷらにする気になれなかったので、お肉屋さんのお上さんに、大葉の美味しい食べ方のレシピを聞いて、また、お肉も買いました。

 横で聞いていたお肉屋さんの旦那さんが元気な声で

 「そうそう、お兄さん、わからないときは聞くのが一番!」

 褒められているのか、褒めてられてないのか、よくわからないまま、帰宅して料理後、全部食べちゃいました。

 こんなことしていたら、太るはずなのです。

 そして、最後の止めはつい先日のことでした。

 えのき1パックがなんと10円を切って、9円で売っていたのです。

 「おばちゃん、これ何?」

 「原価がどうなってるのかと思うでしょ。」

 その言葉を聞いたとき、『おばちゃん、原価って単語知ってたの?』と思わず声に出そうになったのですが、かろうじて喉元で抑えました。

 このお店に入る度に、私は理性を失ってしまうのです。どうにかしなきゃならないとは思っているのですが・・・。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「平成28年度そつえんしきとおもいで」
制作 東京都***保育園
時間 107分

 卒園児が歌う唄に乗せて、1年間の想い出が回想していくオープニングです。

# 友達はいいもんだー #

 桜舞い散る中、卒園児の鼓笛隊は胸を張って・・・

# 目と目でモノが言えるんだー #

 お泊り保育の夜、怖がりながらも一人一人がもつ花火に顔を輝かせ・・・

# 困った時は力を貸そう #

 市のおまつりで見事な踊りを全員で演じ・・・

# 遠慮はいらない #

 運動会の入場シーンで、笑顔がはちきれそう・・・

# いつでもどこでも #

 かけっこ、玉入れ、力の出し惜しみはしません・・・

# 君を見てるよー #

 組体操は調和が大切・・・

# 愛を心に #

 もちつき大会でも杵を大きく振り上げ・・・

# 君と歩こう #

 クリスマス会、芝居イエス生誕はおごそかに・・・

# みんなはひとりのために #

 芝居キリギリスとアリはウィットを効かせ・・・

# ひとりはみんなのために #

 音楽会での合唱は心を込めて・・・

# みんなはひとりのために ひとりのために #

 体育発表会では練習してきた成果を思う存分に発揮して・・・ 
 

 そして、卒園児が舞台の中央で演じる中、その四隅のどこかにはいつも暖かく見守る先生や父母の皆様が映っているのです。

No. 164 2017-04-01 [撮影四方山話] おもてなし

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 おいでなさいまし、北九州へ。

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<目次>
1.[撮影四方山話] おもてなし
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「仏壇の花」
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1.[撮影四方山話] おもてなし

 「ウッソー、来ないなんて信じられない!」

 3年連続で計6週間程滞在させて頂いたカナダ・スコーミッシュのA夫妻に、「4年目の今年は行くことが出来ません。」とメールを打った時の彼らの反応でした。

 彼らは若いというのに気配りが細やかで、彼らのおもてなしの気持ちには、本当に頭が下がりました。

 話は11年前に戻ります。

 11年前の2006年、私はB夫妻に伴って、ギリシャ・カリムノス島にクライミングに出かけました。その島の中のさらに小さいテレンドス島に行ったとき、「日本人に会うのは初めてだ」と言われましたから、当時のカリムノス島はまだ日本人によく知られていないエリアでした。

 日本に帰って来て、その素晴らしいクライミングエリアをC夫妻に伝えると、翌年、C夫妻もギリシャ・カリムノス島へ出かけていきました。

 そのとき、現地で、カナダ・スコーミッシュから訪れていたA夫妻に出会って意気投合したというわけです。別れ際にA夫妻から

 「来年はスコーミッシュの最も素晴らしい時期である8月にぜひ、
いらして下さい。」

とC夫妻に声をかけられたのだそうです。C夫妻も「ハイハイ」と返事をしていたようですが、こういうことは口約束ということもあるし・・・。

 ところが、翌年6月頃、スコーミッシュのA夫妻からC夫妻のところに「いつ、来るの?」というメールが頻繁に届いたのだそうです。

 「何日滞在してもOK。冷蔵庫の中のものは好きなだけ食べて良いし、車も使っていいのよ。」

 そして、何よりもA夫妻のスコーミッシュの住所はクリフサイドと、岩場に近いところに住んでいるようなのです。もし、そうだとしたら、こんなに便利なことはないわけです。

 そこで、C夫妻から私のところへ
 「あまり熱心に来いと言われるし、ギリシャ・カリムノス島の縁もあるから、行ってみませんか」
とお誘いがありました。

 「ほんじゃまあ、行ってみますか」という軽いノリだったのですが、カナダ・スコーミッシュのA夫妻の家に着いたら、驚きました。

 まさに、崖の途中に建っている眺望最高の家なのです。 

 庭先から先は崖になっており、下から登って来たクライマーが庭先に頭を出して来ます。一方、玄関から出ていくと100メートル程先には次のクライミングエリアがあるというわけで、クライミング三昧というに相応しいクライマーにとっては堪らない場所でした。

 滞在していたある日、A夫妻のご主人のバースデイパーティが行われ、20人ぐらいは集まって来たでしょうか。もちろん、私は初対面の人ばかりなのですが、皆さん、どうもどこかで見たような顔ばかりなのです。

 「あっ」と気付きました。

 彼らはスコーミッシュのクライミングガイドブックの口絵に写真が載っているバリバリの現役クライマーや写真家だったのです。
 道理で・・・。

 また、ある時、地元クライマーズ・ファンドの会長宅でパーティが行われた際に招かれましたので行ってみますと、スイス人やフランス人のクライマー達も来ていました。

 こういうところでの情報交換はとても貴重で、日本の中にいても聞けないものばかり。

 「世界中で、どこのクライミング・エリアが良かった?」

 「南アフリカとキューバかなあ。」

 「治安、大丈夫なの?」

 「全然問題ないよ。素晴らしいところだよ。」

 「へえーっ。」 

 万事がこんな感じで、私の足元は地についていたかどうか・・・。

 でも、間違いなく言えることはスコーミッシュでの6週間は私のクライミング人生に於いて最も至福な空間と時間であったということです。あのような経験は今後、再び起こるとは思えません。

 その機会を与えてくれたスコーミッシュのA夫妻に感謝することは当然のことなのですが、そればかりでなく、若い彼らから学んだことを今度は私が実行する番ではないかと思うのです。そうでなければ人類の知恵は伝承していきません。

 さて、ここ北九州の家の客間も漸く修理が終わりました。布団は最大9組ほどあります。どうぞ皆さん、ご遠慮なく北九州へ足をお運び下さい。皆さんのお越しを心よりお待ちしています。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「仏壇の花」
制作 オリジナル・シー・ヴイ
時間 7分

 北九州の実家に戻って来て、まず最初にやったことは仏壇に花、御飯(おっぱん)を供え、焼香したことです。

 信心深かった祖母は毎日欠かさず、仏壇の前でお経を上げていましたし、バリバリのビジネスウーマンで宗教には無縁と思えた母も父が亡くなった後は毎日のようにお経を上げていました。

 ここで、私だけが何もしないというのはご先祖様に申し開きが出来ませんので、信心深くない私でも出来ることをひとつひとつやっていくことにしました。

 さて、仏壇の花と言えば、定番の菊。祖母や母の時代に菊以外の花が供えられたということは記憶にありません。

 そこで私も仏壇用の花として、菊を買いに行くことにしました。

 1月のことです。近くの商店街の生花店の店先に3-4本の菊が束ねて置いてあり、仏壇用という表示がありました。

 「こんにちは。仏壇用の花が欲しいんですけど・・・。」

 店奥からおかみさんが出て来て、

 「ハイハイ、仏壇用の花ね。今は丁度チューリップが出てくるときで、皆、これを待っていたのよ。悪いことは言わないし、まけておくからこのチューリップを持って帰りなさい。」

と、5本ずつ束になったピンクのチューリップ2セットを渡されました。

 「お兄さん、チューリップの活け方を知らないでしょ。チューリップは10日程経ったら、お辞儀をしてくるので、そのときは茎を10センチ程切ればシャンとするよ。長持ちするから・・・。」

 そのまま持ち帰って、仏壇に供えていた萎れた清楚な菊と交換してピンクのチューリップを活けました。

 なんか、蕾のチューリップというのは妙に色っぽいんです。ぴっちりのチャイナドレスを着ている感じ。それが10本もあるんですから、仏壇全体にムンムンの色気が出て来ました。
 ご先祖様は鼻血出さなきゃいいけどなあ。

 ひと月程経って、チューリップが萎れて来たので、再び、商店街の生花店に買いに行きました。

 「仏壇用の花を下さい。」

 「そうね。今はこれかなあ。」

 そう言って作ってくれたのが、ピンクのスウィートピーに黄色のフリージア。

 「フリージアはまだ蕾だけど段々と咲いて来て、きれいになるわよ。」

 持ち帰って、仏壇に供えるとかわいらしいのです。そうそう、若い時の松田聖子のよう。

 またひと月程経って、スウィートピーとフリージアが萎んで来たので、再び、商店街の生花店に買いに行きました。

 「仏壇用の花を下さい。」

 「そうね。これからはカーネーションかな。それにしても、お兄さん、感心だね。仏壇用の花をまめに買いに来るとは・・・。
 最近の人は面倒臭がって、仏壇用の花を造花で済ませることも多いと
いうのに・・・。

 それじゃあ、桜をサービスするから持っていきなさい。」

 「エッ、この時期に桜があるんですか。」

 「生花店の花というのは季節に先立って咲かせるものなのよ。」

 渡された花を持ち帰って、カーネーションは仏壇に、そして、桜の小枝は床の間に飾りました。

 そして、3月中旬には床の間の桜は満開の花を咲かせていました。ご先祖様もさぞかし驚かれて、喜んでいるに違いありません。

 めでたしめでたし。


No. 163 2017-03-01 [撮影四方山話] 水星

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 北九州に移転して、最初の撮影のお仕事は千駄ヶ谷の東京体育館での講演でした。アレレ・・・。
 撮影のご依頼を頂ければ、世界中至る所どこにでも参上します。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 水星
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「登山者に役立つ膝の痛み・トラブルの
予防と対処」
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1.[撮影四方山話] 水星

 12月に北九州に引っ越してから1月の「大寒」辺りまで、北西風が常に吹いて雲が次から次へと流れていくような天気が続いていたのですが、「大寒」を過ぎたある日を境にして、天候がガラリと変わりました。

 満天の星が見えるような日が2-3日続くようになったのです。

 理屈的にはこれまで一方的に強かったオホーツク高気圧の勢力が弱まり、太平洋高気圧の勢力が北九州辺りまで強まって来たということになります。そして、南東からの風も入り始めたことになります。
 北九州は南東に九州山地を控えているので、南東風が吹けば北九州にはからっ風が吹くことになり、晴天になります。

 確かに、2月の寒波が到来した際、東北地方から中国地方の日本海側で大雪になりましたが、北九州の平地では小雪が舞った程度で積雪には到りませんでした。

 やっぱり、北九州は暖かいんだあ~~~。

 そこで、俄然に楽しくなったのは夜明け前の星空ジョギング。北九州は横浜よりも光害が少ないので、星がよく見えます。1月の「大寒」の頃は南天の乙女座スピカの近くに木星が輝き、さそり座のアンタレスの左側に土星が見えました。

 木星から土星に向けて、定規を当てて線を引き、その線と地平線の交わる辺りをじっと見つめると水星が姿を現しました。感無量です。

 現在(2月後半)になると水星は太陽と重なるような位置に移動してしまいましたので、もう肉眼では見ることが出来ません。
 次に夜明け前に、水星が姿を現すのは2か月後辺りかなあ。また、楽しみですが、日の出も早くなっているので見えるかどうか。

 やきもきさせるところが、水星の最大の魅力なのかもしれません。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「登山者に役立つ膝の痛み・トラブルの予防と対処」
制作 日本山岳会医療委員会
時間 114分

 2月16日、千駄ヶ谷の東京体育館で、日本山岳会医療委員会主催の講演会「登山者に役立つ膝の痛み・トラブルの予防と対処」が開催されました。

 定員100名で募集と伺いましたが、その日の参加者は120名を超える超満員。遠くからお越しになっている方も多数いらっしゃるとのことで、いかに多くの登山者が膝に悩みを抱えているのかがわかります。

 講師は聖マリアンナ医科大学の小林哲士先生です。

 ズバリ、小林先生のお話は懇切丁寧でわかりやすい!

 まず、膝の構造を図で見せ、視聴者に最低限知っておいて欲しい各部の名称を説明していきます。

 大腿骨、脛骨
 前十字靭帯、内側側副靭帯、外側側副靭帯、半月板
 膝蓋下脂肪体、鵞足、腸脛靭帯、大腿四頭筋腱

 そして、痛いところはどこなのか?大きく分けて、関節内のトラブルなのか、関節外のトラブルなのか。

 それぞれを場合分けをして、そのトラブルのひとつひとつの原因と対処方法・予防方法を紐解いていくわけです。
 痛い原因が何であるのかを正しく分析出来ていれば、解決策はおのずと決まります。複雑な場合もあるのでしょうが、それが発症する仕組みを理解出来れば答えは出てくるわけです。

 その原因によっては歩き方ひとつを注意するだけで解決するような膝の痛みもあるとのこと。目から鱗です。

 一番大切なところは原因の正しい分析ですが、これは素人のにわか判断では難しいと思いました。本当に多種多様なケースがあるので、そこは専門の先生と相談しながら、進めていった方が良さそうです。

 最後に、視聴者の皆さんと質疑応答に入りました。ここで質問されたほとんどの方が実際に膝の故障で手術をされたという方ばかり。それも多種多様なケースがあって、対処方法も多岐にわたります。

 それを小林先生はジグソーパズルを解くように、この場合はこう、その場合はそうと明快に回答していきます。視聴者に不安を抱かせるような要素は出来る限り排除するというような気配りがあってのことだと思います。

 講演が終わり、閉会のことばで、日本山岳会医療委員会の浜口委員長からあいさつされました。

 「・・・本日はいかに膝をいたわりながら、山を楽しむかというお話を聞けました。

 会場の方からも膝の悩みを解く方法を、医療相談のお金を払わずに聞けたということは本日の最大のベネフィットではなかったかと思います。

 これからも膝をいたわりながら、山登りを楽しんで下さい。以上です。」

 パチパチパチパチ・・・・・。

No. 162 2017-02-01 [撮影四方山話] 父の山道具

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 一日にひとつずつ・・・。すべて片付く日が来るまで・・・。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 父の山道具
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「**家**家御結婚式」
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1.[撮影四方山話] 父の山道具

 横浜から北九州の実家に引っ越して来てから、2か月が経とうとしていますが、まだまだ片付いていません。

 最初の一月は大きくなり過ぎた庭の木を切りまくり、切り刻んでごみ袋に詰め込んでいたら100袋ぐらいになったでしょうか。二月目は業者さんに来てもらって、錆びてしまった屋根の修理をしているところです。

 今のところ、一人で生活していく分には差し障りはありませんが、お客様をお招きしようとするならば客間の整理は不可欠で、山積みになっている布団やベッドの片付け、障子の張替え、エアコンの買い替えなどいつになったら終わるんだと思うものばかり。

 それも元をたどって行けば、押入れにそれらを詰め込むほどのスペースがないからで、その押入れに陣取っていたのは15年前に亡くなった父の遺品でした。

 母はそれらを捨てきれなかったのでしょう。母は父が愛着していた道具をひとつひとつビニールに包み、段ボール箱の中にびっちりと隙間のないように詰めて入れていました。そして、それらが何箱も出て来たのです。

 それらをひとつひとつ荷解きながら捨てていくわけですが、さすがに胸が苦しくなります。父と母の想いがジーンと伝わってくるからです。遺品整理など好きでやる人はひとりもいないと思います。

 その心苦しさを味わうよりは、いっそのこと遺品回収業者に任せて、捨ててもらうという方の気持ちは十分によくわかります。

 さて、その父の遺品の中で取り分け多かったものが山の道具でした。

 山の道具が多いから、父の趣味は山登りかと思われるかもしれませんが、さにあらず。父の膨大に集めた書籍の中に、植村直己、長谷川恒男、小西政継なんて表題につくものは一切ありません。

 本棚を飾っているタイトルは名城、古城などというものばかり。特に、父が興味を持っていたのは山城でした。つまり、父は山城の調査をするために山の道具を買っていたのです。

 福岡県には大宰府政庁跡の北側の四王寺山(標高410m)に、城壁6.8kmにも及ぶ大野城跡があります。城域は東西約1.5km×南北約3kmにもなり、日本一の大規模な古代山城です。(九州国立博物館の常設展のゲートにその規模の大きさを示す模型が飾られています。)

 父はこれを自分の足で踏査して、2万5千分の1の地図に書き込んでいました。

 「それじゃあ、あんたはそれを見たんか。わしはこの目で見たんじゃ。」

というのが父の自慢でした。

 その父の山道具の遺品の中で、びっくりしたのはコッヘルが10個以上も出て来たことでした。それが微妙に形やサイズが違うんです。

 私だったら、コッヘルなんて1個もあれば十分で、もし、ふたつ持つことになったとしたら、古い方は捨てて1個だけにします。

 でも、道具に愛着を持っていた父のことだから、その日の調査の内容に合わせて持っていくコッヘルを選んでいたのではないかとも思うのです。

 「今日は標高300mでやぶこきが多く、広い場所もないだろうから、この小さなコッヘルを持っていこう。」なんて・・・。

 そして、もうひとつ驚いた遺品は、マタギが持っているような尻当てでした。東北の朝日連峰の山奥だったら、それは似合うかもしれませんが、福岡県の街中でそんな恰好で出て来られたんじゃ、クマが出てくるよりも驚かれます。

 でも、父のことだから他人の目なんて気にせず、飄々と歩いてたんだろうなあ。

そして、母もそれを想い出してはクスッと笑っていたのではないかとも思うのです。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「**家**家御結婚式」
制作 東京都男性
時間 134分

 世界で最も有名な賞のひとつを受賞された学者先生。世界史の1ページにご自分のお名前が刻まれることになり、超一流であることが証明されたわけです。

 一流と言われるだけでも大変なことで、卓越した能力や技術、洗練された感性などをお持ちで、普通の人達から比べれば頭ひとつ抜きん出た存在だと思います。

 さらに、超一流というのはそういう一流の人達を束ねた上で、また頭一つ抜きん出ているわけです。超一流と一流の違いは何であるのか、私程度のレベルではわかりません。

 しかし、超一流と呼ばれる人達には、言葉にするのが難しいのですが、何かしら共通の雰囲気を持っているように思えるのです。

 彼らは世界最先端の最も厳しい競争原理が働く環境に身を置かれているわけですが、その中にあっても性格がギスギスしているところがないように思えます。周りの人達を包み込むような深い慈愛を感じ、何も喋らなくてもそこに存在しているだけでオーラを醸し出しているように思えます。

 ここに紹介する映像はその学者先生の20数年前のある結婚披露宴でのスピーチの模様です。そのとき、ご自分が現在のような名声を得るとは露とも思わなかったでしょうが、独特の雰囲気は当時からお持ちだったように思えます。

「・・・・・。

 私も常々いろんな分野の研究者と接する機会があります。

 生物学をとりましても、動物をやろうか、植物をやろうか、というある種の選択があるわけですが、どうも動物をやる人間の方が血の気が多くてアグレッシブであるというのがひとつの真理のようで、植物をやる人はある意味で大人しいということがあるみたいです。

・・・・・

 これからお二人が家庭を築かれていく上で、やはり何と言っても大事なのはお互いの思いやりではないかと思います。

 植物で例を引かせていただければ、植物といろんな生物というのは今まで思っていたよりもたくさんいろんなインタラクション、相互作用しているんだということがわかって参りました。

 もちろん、その中には寄生、共生と言葉で言われることがあるわけです。共生と言っても一方的に利益だけを得るというのもありますし、宿主になったものは段々疲れ果てて枯れていくのもあるかもしれません。

 ですが、植物で今知られて来ていることは、実はそいういう生物の相互作用がないとふたつともうまく成長出来ない、ふたつがカップルしたときにものすごく順調に成長が出来るということがたくさん自然界にあるということがわかって参りました。

・・・・・。」

No. 161 2017-01-01 [撮影四方山話] 北九州の天気

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 あけましておめでとうございます。本年も皆様のご健康とご多幸を心よりお祈り申し上げます。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 北九州の天気
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「Happy 60th」
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1.[撮影四方山話] 北九州の天気

 昨年、12月5日に北九州の実家に戻って来ました。高校を卒業して以来ですから、ざっと40年ぶりです。

 まだ、3週間ほどしか経っていないのですが、特にこれまでと変わったなと感じるのは天気です。
 関東で35年以上も生活して来たので、冬にはカラッと晴れた、雲ひとつない青空が毎日のように続くのが当たり前でした。夜も満天の星が見えたわけです。

 ところが、ここ北九州は玄界灘に面していて、冬には日本海を通って来た北西風が直接吹き付けます。関東のように一日カラッと晴れていることはほとんどありません。晴れたとしてもどこかに雲があり、雲が多くなるとポツリポツリと雨が降って来ます。
 夜も雲の合間から星が見えて来るので、見える星がどの星座に位置しているのかを判断するのは容易ではありません。

 この天気、どこか似ている地域があったなあと思い起こしてみると、それはイギリスでした。ロンドンもこのような感じなのです。昔、英国紳士は不安定な天気に傘を手放すことはなかったと聞きました。

 ロンドンの中心から車で1時間も走ると、羊が放牧されている美しい緑色のヒースの丘がうねるように続きます。その景色を見てこそ、エミリ・ブロンテの「嵐が丘」が理解出来るというものです。

 ここ北九州は「無法松の一生」、火野葦平の「花と竜」、松本清張が育ったところで有名ですが、もっと古くには神功皇后が朝鮮出兵のために船を修理したところであるとも言われています。八幡の町の神社の祭神として、神功皇后を祀っていないところはないと言っても過言ではありません。

 神功皇后が登ったとされる皿倉山(622m)からは北九州の町が一望出来ます。

 イギリスのヒースの丘とは一味違った、趣きのある町、それが北九州と言えるでしょう。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「Happy 60th」
制作 東京都女性
時間 85分


 ここはオーストラリアのゴージャスなリゾートビーチの高層マンションの一室。

 夜になると、雲間から漏れ出て来た月の明かりが夜の海をキラキラと幻想的に照らし出しているのが見えます。
 日本から、そして、海外で生活している家族が一同に、ここに集まって来ました。

 その目的はママの還暦祝いです。

 その当日、朝からその部屋は還暦パーティのために、様々に飾り立てられていきました。
 大きな壁一面に紙の花で描かれた「60」という数字。食卓には手彫りでデザインされたワイングラス。そして、言うまでもなく地元で獲れた海老、かに、様々な魚介類やサラダがところ狭しと並べられています。

 さあ、乾杯でスタート。食が進んで一息ついたところで、余興が始まりました。

 孫3人による「MAMA 60th」の合唱です。楽譜を見るでもなく、すべて暗記するほど孫たちは練習を積んで来たのです。これにはママも湧き出してくる感情を抑えることが出来ませんでした。

 歌い終わると、ママは孫3人に駆け寄って、一人一人ハグをしていきました。それが終わると、今度は息子、娘たち全員を一人一人ハグしたのです。

 最後に、パパからの手紙がパパ自身によって読まれました。

 「ママ、還暦おめでとう。ママの夢だった、仲の良い大家族が出来たのは、それを望んで努力してきた結果です。そして、その皆が笑顔なのはこれ以上のない幸せです。

 ママの望まなければ得られないというポジティブシンキングの実証で、二人で歩いて来た40年の結晶です。

 ・・・・

 還暦を迎えてのママへのお願いはこれまで通り、皆の輪の中心にいながら自分のために人生を楽しんで下さい。本当にありがとう。」

 全員からママに対して、おめでとうの言葉が贈られました。

 今度はママが皆に対してお礼のスピーチをする番です。壁に描かれた60という数字の前に立ちながら、

 「どうしよう、・・・、あー、どうしよう。」

 すぐには言葉が出て来ません。

 「ありがとう、本当にありがとう。皆、優しいから・・・。ありがとう。・・・
本当にこんな素敵な日をありがとう。」

 海外で生活している娘からポツリと、「覚えたての日本語みたい・・・。」

No. 160 2016-12-01 [撮影四方山話] ルーフバルコニーの楽しみ方


 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 オリジナル・シー・ヴイは12月5日に横浜から北九州へ移転します。

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<目次>
1.[撮影四方山話] ルーフバルコニーの楽しみ方
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「平成28年合唱コンクール ***中学校」
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1.[撮影四方山話] ルーフバルコニーの楽しみ方

 12月5日の引っ越しまで、いよいよ秒読み状態に入って来ました。

 このマンションで過ごした20数年間が走馬灯のように頭を駆け抜けていきますが、良い想い出ばかりだったなというのが実感です。

 この部屋の特長は住居の敷地が58平方メートルあるのに比べて、ルーフバルコニーが48平方メートルもあることです。
 ここに住み始めた頃、このルーフバルコニーを活かさない手はないと思いました。当初は仲間たちとバーベキューでもやろうかと思いましたが、この20数年間で一度もやったことはありません。

 仲間と楽しんだことと言えば、一度だけ花火をしたことくらいでしょうか。

 それ以外はいくつかの鉢植えが置いてあるだけで、時に濡れたテントを乾かすことに役立ったことはありましたが、総じてあまり活用をして来ませんでした。

 しかし、昨年の冬から楽しみ始めた早朝の星空ジョギング、そして、グラハム・ハンコック著「神々の指紋」を読んで以来、俄然、星空に興味を覚えて来るようになってから、ルーフバルコニーの位置づけが変わって来ました。

 夜の雲の無い日は何度もこのルーフバルコニーに出て、星空を見上げるようになって来たのです。

 今はオリオン座がドーンと見えます。このオリオン座というのは星空の華ですね。古代の人たちもこの星座にいろいろな夢を託したに違いないのです。
 そして、このオリオン座を中心として、時計回りにぎょしゃ座のカペラ、おうし座のアルデバラン、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、ふたご座のカストル、ポルックスと明るい星がたくさん見えます。

 テレビの下世話なバラエティ番組を見るぐらいだったら、その鬱陶しさから抜け出して、ワイングラス片手にルーフバルコニーに出て、星空を見上げている方が心安らぐものです。

 この部屋を去るときになって、初めて、ルーフバルコニーの楽しみ方に気付いたという訳です。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「平成28年合唱コンクール ***中学校」
制作 ***中学校PTA
時間 167分

 撮影前日、合唱コンクールで使う十数台の機材を一旦、全部セッティングして動作確認を行いました。バッテリなどの補助部材も同様です。

 撮影当日、魔物が出ることを痛いぐらいわかっていますから、準備段階で完ぺきを尽くすというのは当然のことです。一寸の隙もあってはなりません。隙があれば、そこから魔物が入って来ます。

 過去に、バッテリが切れた、SDカードのメモリが一杯になった、誰かが固定カメラに触って、カメラがあらぬ方向を向いてしまったなどということはどんなに準備を怠らなくても、その日、当たり前のように起こるのです。

 それは、一人で同時に十数台の機材を完ぺきに使いこなすことなど到底出来ないということの証なのかもしれません。ヒューマンエラーは必ず起こるということです。

 合唱コンクール当日、いつものように午前3時に起床しました。

 そして、いつもなら5時からジョギングに出るのですが、この日は早目の4時半からジョギングに出ました。1時間ほど汗を流してシャワーを浴び、朝食を済ませた時は6時15分頃だったと思います。

 この日はサブカメラマンのAさんが6時45分に来て、ピックアップする予定になっていますから、それまで30分ほど時間がありました。

 ここで何を思ったのか・・・。

 先ほどジョギングから帰って来た時、ポストに入っていた手紙を開けると、印鑑を押して至急に返信して欲しい旨のことが書かれてあったので、それを片付けてしまおうと思ったのです。

 明日でも全然構わなかったのですが、そのときはそれを片付けてしまおうと思い、印鑑をその文書に押して封をし、わざわざ5分ほどかかるポストまで投函しに行ったのです。

 投函から帰って来て、一仕事終えたなと椅子に座って、ボーっとしているとAさんから携帯に電話がかかって来ました。

 「すみません、5分遅れてしまいました。今、到着しました。」

 「エッ!」

 確かに時計は6時50分を指しているではありませんか。自分は何をしていたんだろう。目は開いていても頭の中は眠っていたんです。

 これはいけない、とすぐに着替えて、機材を運び出し、Aさんの車に積み込みました。Aさんは高速道路をすっ飛ばして現地に到着。当初の到着予定時刻を10分ほどオーバーしていました。

 でも、落ち着いていれば何ということはなかったのです。時間はたっぷりとあるのですから。

 職員室に行き、挨拶をした後に、本日合唱コンクールが行われる体育館に入り、機材の設置に取り掛かりました。固定カメラを一通り設置した後、最後にセンターマイクを上部から吊り下げる作業を行います。

 ステージ前の上部にネットを張るためのワイヤーが左右に引っ張られて設置されています。このワイヤーからひもを垂らしてマイクを吊り上げるという作戦です。

 そのためにはひもの一端に重しを付けて放り投げ、上部のワイヤーの上を越えていかなければなりませんが、ステージ下からではワイヤーまでとても放り上げられるような高さではありません。

 そこで、体育館の左右に張り出した2階部分に一旦、ひもをつけた重しを投げ上げて、そこからさらに上部のワイヤーめがけて、重しを投げ上げるという2段階の手順で進めることにしました。

 まず、30メートルのひもなんですが、前日、もつれないように束ねて、丁寧に結んでいたのです。ですから、慌てずに結び目を解いて、ゆっくりと束をほどいていけば何の問題もなかったのです。

 ところが、慌てていた自分は結び目を解くことと、束をほどくことを一気にやってしまったのです。ぐしゃっともつれてしまった30メートルのひもは容易にほどけません。

 時間はどんどん経っていく・・・。このときばかりは声を出して自分に言い聞かせました。

 「落ち着け。時間はたっぷりとある。ゆっくりとやれ。」

 ほどき終わるまでの時間は実際にどれくらいかかったのでしょうか。わかりません。でも、自分の中では1時間にも2時間にも思える時間でした。

 さて、次にひもの一端に重しを付けて、2階に放り上げました。成功!
そして、2階からワイヤーの上部を目指して重しを放り投げたのですが、ワイヤーの上を越えずにワイヤーに取り付けられているグリーンのネットに引っかかってしまったのです。さらに悪いことに重しとネットが絡んだまま動かなくなってしまいました。

 ”どうするんだ。センターマイクが設置できなければ、収録システムに致命的な欠陥が生じてしまう。”

 ”落ち着け。なんとかなる。いや、なんとかする。”

 ひもを何度も何度もゆるめ、ひもを左右に動かしました。

 ”神様、どうか・・・。”

 とうとう重しがずりずりと落ちて来ました。

 ”救われた! 神様、ありがとうございます。”

 そして、予定通り、すべての機材をすべて予定の場所に設置して、撮影は始まりました。

 6時間後、撮影は完了し、すべての機材を撤収しました。

 翌日、各機材の収録データを確認したところ、固定カメラのひとつのバッテリが途中で切れて、最後の部分が収録できていないことがわかりました。

 今年も魔物が出ました。本番当日には必ず何かが起こるのです。

No. 159 2016-11-01 [撮影四方山話] 大倉通昌画伯の絵

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 オリジナル・シー・ヴイは来月の12月に横浜から北九州へ移転します。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 大倉通昌画伯の絵
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「母さん、元気に産んでくれてありがとう」
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1.[撮影四方山話] 大倉通昌画伯の絵

 この部屋に10点近く飾ってあった大倉通昌画伯の絵も残り少なくなって来ました。絵心のわかる方にお譲りしているからです。

 これで少しは、「絵の好きな方に見てもらいたい」とおっしゃっておられた画伯の気持ちに添えるかな・・・。

 画伯と知り合ったのは約25年前。友人の奥様の妹が画伯の奥様だという関係で、1年に一度、パリから日本に戻られて赤坂の森に囲まれた静かな画廊で個展を開かれた時は必ず見に行っていたのです。

 ある年、個展の最終日に画廊を尋ねると、赤いマークの付いていない売れ残っていた作品が数点ありました。その中にお嬢様の友人を描かれたという人物画があったのです。

 パリの風景画を中心に描かれて来られた画伯にとっては珍しい人物画でした。

 どうも気になって、画伯に「この絵を下さい」と言うと、
 「君はこの絵を買ってくれるのかね。」
と少し驚かれたような表情でしたが、嬉しそうでした。

 数日後、その絵がこの部屋に届いたのですが、届いたのはその絵ばかりでなく、追加で2枚の絵もあったのです。その2枚の絵は来年まで預かって欲しいということでした。来年も個展を開くから、その時に戻してくれればいいというのです。

 そして、その翌年、再び個展を開かれた際に訪ねて、画伯に
 「預かっている2枚の絵をお返ししたいのですが・・・」
と言うと、画伯はニコッと笑って
 「差し上げますよ。」
って、おっしゃいました。
 
 吹き抜けの広い画廊の空間で、赤ワインのボトルのコルクを開けてワイングラスに注ぎ、
 「君もどうかね。」
って勧めて下さった画伯の笑顔は今もって忘れられません。

  
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「母さん、元気に産んでくれてありがとう」
制作 神奈川県男性
作品時間 25分


 ハッピーバースデイ ツー ユー、ハッピーバースデー ツー ユー、ハッピーバースデー ディア ひーばあちゃん、ハッピーバースデー ツー ユー。

 パチパチパチ・・・。

 親戚一同が集まる中、A子おばあちゃんの前にケーキが置かれ、1本のローソクが灯っています。

 ひ孫のB君が、
 「ひーばあちゃんがフーッして!」
と催促。

 A子おばあちゃんは体を前に傾けて、フーッ。しかし、ローソクは消えません。もう一度、フーッ。

 ローソクが消えると満場の拍手で親戚一同から祝福されました。

 A子おばあちゃんは皆さんに向かってお辞儀をし、
 「ありがとうございましたー。ありがとうございましたー。」
と礼を述べ、そして、三度目は全員で
 「ありがとうございましたー。」

 テーブル一杯に準備されたご馳走に箸が伸び、一段落着くと今度は息子のC男さんの踊りです。

 その見事な踊りっぷりに、皆さんから 
 「ばあちゃんの子やねー。」
とお褒めの言葉。

 C男さんは踊り終わるとそこに正座をして挨拶を始めました。
 「本日は母ちゃんを囲んで皆が集まって、こんな楽しい誕生日会を開いていただいて、本当にありがとうございます。

 これも母ちゃんが私たち兄弟を元気にたくさん産んでくれたお蔭です。

 私は末っ子で一番遠いところにいますが、一番遠いところにいても安心しておれるのは母ちゃんのすぐそばで、Dさんや、Eさんや、Fさんや、Gさんや、Hさんや、Iさんが近くで支えてくれたお蔭です。

 ありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。

 最後に母ちゃんがこれから百歳の誕生日を元気で無事に迎えられるように、そして、皆さんのご活躍とご健康を祈願してお手を拝借しながら三三七拍子で締めたいと思います。

 ヨー、チャチャチャ、チャチャチャ、チャチャチャッチャ、・・・。」

 日本海に浮かぶ小さな島での出来事。快晴の空の上から神様が祝福してくれているに違いありません。

No. 158 2016-10-01 [撮影四方山話] 恩人

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 秋分の日に近いこの頃、明け方の東の地平線に獅子座が見え、その子午線上の南の空にオリオン座が見えます。
 ここはエジプトのギザではないけれど・・・。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 恩人
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「小記録(2016年)」
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1.[撮影四方山話] 恩人

 「元気か。娘が結婚することになってなあ。相手のご両親に挨拶に行くことになったのよ。それで、来週、そちらに行くから・・・。
 その後、一日あるから泊めてくれーや。今回はA子も行くから・・・。」

 「奥様のA子さんもいらっしゃるんですか。」

 「そうなのよ。まだ、中華街に行ったことがないというから、連れて行ってくれーや。それに一日あるから、A子の行きたいところにも案内してくれーや。」

 「はい、わかりました。ところで、中華街以外にA子さんの行きたいところはあるのでしょうか。」

 「わからない、って。そっちに任せるわ。それじゃ、宜しく。」

 これは大変。電話の相手は大学時代にお世話になった元旅行会社勤務のB男さんなのですが、B男さんお一人なら、そこら辺の焼き鳥屋でOKです。

 しかし、A子さんがいらっしゃるとなれば、そうはいきません。

 ところで、B男さんと深く知り合うきっかけになったのは約40年前の団体旅行・富士登山です。現在ならば、山岳ガイドが案内しなければいけないのでしょうけど、当時は旅行会社の添乗員が連れて行ったのです。

 バス2台約80名。チーフ添乗員はB男さん、サブ添乗員はアルバイトの大学の先輩C男さんと私。なんと、この3人で連れて行ったのです。
 いろんな事が起こって滅茶苦茶大変でしたけど、参加者の皆さんに大きな怪我もなく、無事に下山出来ましたから、結果オーライだったのでしょう。

 それから、B男さんと親しくなって、B男さんの家に遊びに行くことが多くなりました。多いというのにも限度があるでしょうが、それが毎週毎週、週末になると出かけていったのです。

 私はツナギにスリッパという汚い恰好の学生で、もちろん、お金はない。

 それをA子さんは一度たりとも嫌な顔はしませんでした。いつも笑顔で迎え入れて下さり、
 「今日は何を食べようかね~。」
と言っては美味しい料理を、もちろん、お酒も含めてお腹いっぱい食べさせて下さったのです。

 時には疲れているときも、時には体調が良くない時もあったでしょうが、それでも笑顔が絶えることはありませんでした。

 そのA子さんがいらっしゃるのですから・・・。

 はて、どうしたものか、この8月の最も暑いときに、どこに行くかなあ。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「小記録(2016年)」
制作 Original CV
作品時間 10分

 朝8時半頃、JR新宿駅東口を出たのはいいのですが、いきなり道に迷いました。

 前回、新宿に来たのはいつだったか。10年ほど前だったかなあ、なんて思いながら、捜しに捜して目的のホテルに着いた時には汗だくでした。

 B男さん、A子さんはすでにスタンバイOK状態。でも、ちょっと待って。
 ホテルのロビーに備えてあるソファに座って、午前中に行くところのいくつかのプランを紹介すると、A子さんの一言で決定。

 「行ってみたかったのよ。」

 本日はA子さんが主役なのです。新宿三丁目から丸の内線に乗って四ツ谷駅で下車。駅のコインロッカーに大きな荷物を預けて、いざ行かん。

 行き先は迎賓館・赤坂離宮。

 本来ならば事前予約をしなければいけないのですが、夏休み期間中の特別配慮で当日受付OK。内閣府も粋なことをやりますね。

 前庭のゲートには人の列が出来ていましたが、バチカン美術館に入るときほど多くはありません。B男さんは学習院初等科の門を見ただけでご満悦。過去にいろいろな想いがあるのでしょう。

 さすが、迎賓館です。採鸞の間、花鳥の間、朝日の間、羽衣の間。B男さんと私は豪華に装飾された部屋を見まわしながら、順路に従って先へ進んでいたのですが、A子さんはなかなかやって来ません。

 どうしたのかな、と戻ってみると、説明員に詳しく聞いています。

 「この食器はどこの製品?」

 どうやら、見るところが違う!

 四ツ谷駅に戻って、次に向かった先は新横浜駅。駅近くのレストランで昼食を済ませた後、駅からつながる行列の中に入って進んで行くと横浜アリーナに到着。親子連れの物凄い数です。

 本日、ここで行われるのは、ディズニー・オン・アイス「アナと雪の女王」。
 この暑い時には何と言ってもアイスダンスショーでしょう。

 会場に入ると子供たちがアナやエルサの衣装に着替えています。何かのアトラクションに出演するのかな、と思っていたら違うんです。
 その衣装を着て、アイスダンスショーを見るだけ。つまり、ショーの間、身も心もアナとエルサになり切るということなのでしょう。

 時代ですね。

 地方ではご覧いただくことのできないアイスダンスショーを楽しんでいただいた後、最後はA子さんご指定の横浜中華街へ向かいました。

 以前、B男さんが一人でいらしたときには裏通りの台湾料理店に入りましたが、本日はそういう訳にはいきません。A子さんに最も相応しい横浜中華街の老舗にご案内しました。

 この店以外に行くところは考えられなかったので、話があった時にすぐに予約を入れておいたのです。

 静かで落ち着いた雰囲気の中、絶品のふかひれスープに舌鼓を打ちました。

 そこに仕事が早く引けたというので、今回結婚が決まった娘のD子ちゃんが吉祥寺から駆けつけてくれました。親子三人が揃って、和やかな団らんとなり、楽しいひと時を過ごすことが出来ました。

 さて、B男さん、A子さんが帰られ、今回撮影したビデオを編集しようと映像を見直していたとき、大失敗していたことに気付きました。

 親子三人揃っているシーンを撮ってない!

No. 157 2016-09-01 [撮影四方山話] ナレーション

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 深夜に東の空から半月が昇れば、西の空にはこと座のベガ、わし座のアルタイル、白鳥座のデネブが夏の大三角形を作っています。立秋が過ぎても、まだまだ真夏の世の夢は続きそうです。

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<目次>
1.[撮影四方山話] ナレーション
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「九十周年感謝の集い」
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1.[撮影四方山話] ナレーション


 昨年の七月頃、ある保育園の園長先生から電話がかかって来ました。

 「末次さんね、来年は当園の90周年に当たるのよ。80周年の式典ではその歩みについて、スライドを使って私が話しをしたのだけれど、今回はその部分を10-20分程度の映像にまとめようと思うの。それを末次さんにお願いしたいの。

 また、今回はパネルを作ったり、本の出版をしたりと様々な企画を考えていて、それぞれに職員をアサインする予定なの。もちろん、映像についても職員をアサインするので、その職員と協力してやって下さらない?」

 というわけで、1週間後には保育園におじゃまして、担当の職員の先生と打ち合わせを行いました。

 すでにある資料は80周年で使ったスライドの写真と原稿。そこにこの10年間で積み上げた実績を加味し、また、古い写真もたくさん出てくるのではないかというお話し。

 難しいなと思ったのは、私自身がどこまで踏み込んでやるのかという線引きのところ。深く入り込めば切りがないし、かと言って、上っ面を撫でていたのでは良いものは出来ません。予算の都合もあるし・・・。

 そこで、担当の先生とお話しをした結果、ざっくりと次のように進めようということになりました。
・スライドショー映像は10分程度とする。(それ以上は間延びして視聴者が飽きてしまうので)
・スライドショー映像はOriginal CVが作る。
・ナレーション台本作成とナレーションの吹き込みは保育園サイドで行う。

 そして、あっという間に1年が過ぎ去り、先月(7月)の初めに保育園から電話がかかって来ました。そろそろかな?と思っていましたが、昨年打ち合わせを行った後、この1年間なんの進展もなかったのです。

 電話の相手は打ち合わせを行った先生とは別の先生でした。
「8月の始めに式典を行うことになりました。そして、ナレーションは入れない方向でやることになりました。スライドショー映像のみで行うことになりましたので、宜しくお願いします。」

「エッ。」

 ナレーションを入れずに映像だけで耐えられるのか? 確か、この映像は式典のオープニングで流すという話だったので、その肝心のオープニングで座が白けてしまっては何の意味もないが・・・。

 一方で、式典まで一か月を切った現在、保育園の内部ではてんやわんやの状態になっているのではないかと容易に想像がつきました。各界の代表者をお招きをするのでしょうから、その出欠の確認や調達する備品が間違いなく揃うのかという、やきもきするようなことが山積みなのでしょう。

 とは言っても、私に任されている式典のオープニング映像はきっちりと作らねばなりません。まず、絵を作って、それにBGMのみを付けたものをお見せしましたが、やはり、訴える力は欠けています。

 仕方ない、やるか。

 80周年の原稿を見ながら、2-3日でナレーション台本を作成し、私の声でナレーションを吹き込みました。もちろん、これはナレーションのサンプルなのですから、もし、これが良ければ、このナレーションの声の部分は保育園サイドで吹き替えていただきます。それをお見せしたところ、

「やはり、ナレーションが入るといいわね。それに末次さんの声も落ち着いた感じでよかったわよ。園長先生も末次さんの声で良いって、おっしゃってました!」

「ホントですか?」

 その瞬間、はめられた、って思いましたが、ま、園長先生が良いと言うのであれば仕方がないな~。

 つまり、各界の代表者が揃う大式典のオープニングで、私はナレーターとしてデビューすることになったのでした。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「九十周年感謝の集い」
制作 ***保育園
作品時間 105分


 朝9時頃、都内のあるホテルのロビーの入り口に着くと、そこには「九十周年感謝の集い」と書かれた大きな垂れ幕が掲げられていました。

 今日一日は、ほぼこのホテルを貸し切り状態にしてしまうのでしょう。

 さて、記念式典が行われる4階に行ってみますと、準備は万端に整えられていました。数多くの大きな花束は一列に並べられ、会場にお越し下さる方が迷わないように受付番号別に案内の職員の皆さんが立っておられました。

 今日は皆さん、日頃の保育服ではなく、華麗なドレス姿です。訪れた市会議員の方が職員のお一人に声をかけられました。

「今日はきれいだね~~。」

「あら、聞き間違えかしら。もう一度、言い直して下さらない。」

「これは失礼。今日も!!きれいだね。」

 ニッコリと笑顔で対応されました。

 さて、記念式典の開会10分前に、私がナレーションを行ったスライドショー映像が会場に流されました。

 開会のことば、理事長による式辞、園長による歩みの説明、記念品贈呈、永年勤続職員の表彰が終わった後、来賓の祝辞です。

 市長、市会議員議長、都議会議員の皆さんが次々に壇上で述べる内容は園長先生と職員の皆さんの保育に対する強い情熱とたゆまぬ努力への賛美です。この保育園が築き上げて来た数々の実績をご存じない方はいないのです。

 その実績については都の担当課長の方の祝辞がわかりやすいかもしれません。
「都は皆さんご存知のように大きな課題を抱えています。それは8千人に及ぶ待機児童です。だからと言って、保育の質を低下させていいということではありません。
 都が目指す保育の内容はすべてこの保育園ですでに行われているのです。このような保育園もあるのかと驚かされました。」

 万歳三唱で記念式典を締めくくった後、5階に会場を替えて、感謝の集いが開催されました。ここは天井の高い大ホールとなっていて、前段はステージ、そして、後段はぎっしりと円卓が並べられています。

 まずはステージで鏡割りです。一の樽、二の樽、三の樽の周りに関係者が招かれ、前市長による音頭で酒樽が割られました。乾杯。そして、ディナーサービスが始まりました。

 次にステージでは獅子舞の登場です。さすがお祭りの町だけあって気風が良い! 獅子に対して会場に訪れた皆さんからあふれんばかりの祝儀袋が渡されます。

 職員によるショパンのピアノ演奏、二宮尊徳の合唱、ゴレンジャーならぬホイクマンの参上と次から次へと余興が重ねられて、3本締めでお開きとなりました。

 保育園を運営する社会福祉法人の理事の皆さんが並んで、ご参列いただいた皆さんをお見送りします。最後列に並んだ園長先生には「これからも頑張って」と握手を求められます。そして、笑顔で最後のお一人まで見送られました。

 撮影としてはこれでおしまいなので、ビデオカメラを片付けようとしていると、「園長先生、皆さんがお待ちです。」と宴会場に戻って行かれました。

 あれ、まだ、あるのかしらん?

 宴会場に戻ってみると、職員の皆さんが円卓の席に着かれています。
 司会者から園長先生にマイクが渡されると、

「司会者から後期高齢者の私にバトンタッチされました。今日は皆さん、本当にありがとうございました。皆さんがこの式典に花を添えたことは間違いありません。

 このホテルに飲み放題食べ放題というメニューはないのですが、これからは皆さんの飲みたいもの、食べたいものを無制限にお頼み下さい。箸休めを楽しみながら、それで本当のお開きと言うことにしましょう。」

「それじゃ、スパークリングワイン。」「私も。」「私も。」 ・・・。

 これ以上、私が居る場所ではありませんので、園長先生に挨拶を申し上げてそそくさと退場しました。

 電車の窓から流れる景色を見ながら、イザヤ書6章がふと頭に浮かびました。

「わたしはまた主の言われる声を聞いた、『わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか』。
その時わたしは言った、『ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください』。」

 あの園長先生が「だれをつかわそうか。」とおっしゃったとしたら、先ほど円卓に座っていたほとんどの職員が「ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください。」って言うんだろうな、と思いながら・・・。

No. 156 2016-08-01 [撮影四方山話] 古代の数字 72、108、54

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。
 春の海ではないけれど、ひねもすのたりのたり、している毎日かと思えば・・・・。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 古代の数字 72、108、54 
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「***スポーツクライミング2015」
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1.[撮影四方山話] 古代の数字 72、108、54

 今、グラハム・ハンコック著「神々の指紋」、「神々の魔術」を目を皿のようにして読んでいます。
 初めて、アインシュタインの相対性理論を読んだときと同じようなショックを味わっています。中でも圧巻なのはエジプトのギザのピラミッドとスフィンクスについての説明です。

 ギザの三つのピラミッドはオリオン座の真ん中にある三つの星とまったく同じだと言うのです。三つのピラミッドの配置とオリオン座の三つの星の配置は寸分の狂いもなく、そして、ピラミッドの大きさは星の明るさに比例しているというのです。つまり、ギザのピラミッドはオリオン座を模しています。
 さらに、スフィンクスは獅子座を模しているのではないかというのです。

 では、この三つのピラミッドとスフィンクスは何を示唆しようとしているのでしょうか?

 地球の歳差運動を考慮しながら計算すると、春分の日の夜明けにスフィンクスの顔の向いている真東の位置に獅子座が来て、そして、その子午線上の位置にピラミッドを投影したオリオン座が来るのは紀元前1万5百年。

 ずばり、著者はピラミッドとスフィンクスの巨大建造物は紀元前1万500年に高度な文明を持つ人々によって建設されたと推測しているのです。
 もし、著者の仮説を受け入れるならば、私たちが学校で学んできた世界史などはぶっ飛んでしまいます。かと言って、著者の完璧なロジックに反論出来る余地があるように思えません。

 一方、次の説明については?です。

「だが、先に述べたように、ローマ人は極端に古い伝承を受け継ぎ、伝えて来た。そこでジュピター神殿に本来あった柱の数が五四本だったのは偶然ではないかもしれない。読者は、第10章と第11章で取り上げた歳差運動を思い出すだろう。
 さらには世界中の古代神話や伝承に符号化された「歳差の数字」の謎を思い出すだろう。これはジョルジュ・デ・サンティラーナとヘルタ・フォン・デヒェント両教授が、高度な天文学の知識を証拠としたものだ。この知識はいまだに正体不明の「信じがたい」祖先の文明から伝えられている。
 五四という数字は歳差の数の一つだ。この数字は、歳差運動の一度分の年数七二から来ている。この七二に三六(七二の半分)を加えると一〇八になり、一〇八を二で割ると五四になる。両教授は画期的は研究書である『ハムレットの臼』の中で、カンボジアのアンコールワットにある像が並んだ道を取り上げている。像が「通りごとに一〇八体、片側に五四体ずつ」あり、意図的に歳差を使った象徴的表現だという。」

 私にとって、この数字の説明はわかりづらいのです。それよりも正五角形を作るときに現れて来る数字だと言った方がわかりやすいように思えます。

 正五角形の中心から角に向けて5本の線を引きますと五個の同じ形の二等辺三角形が出来ます。そのひとつの二等辺三角形の中心角は360°÷5=72°です。その中心角を除いた2つの角度は180°-72°=108°、そして、これは二等辺三角形なので、ひとつの角度は108°÷2=54°です。

 ここから、72、108、54という数字が出て来ます。

 そして、その正五角形の定理を見てみますと

- 正五角形の一辺と対角線との比は、黄金比に等しい。
- 正五角形の交わる対角線は、互いに他を黄金比に分ける。
- 対角線の長さが互いに全て等しい正多角形は、正五角形と長方形(正方形)のみである。

 つまり、古代人にとって、正五角形こそが調和が取れた最も美しい形だったのではないでしょうか。ですから、神聖なものを作るとき、その調和の美しさを示唆する72、108、54を好んで使ったのだと思います。

 除夜の鐘で叩く、煩悩の数108というのも、存外、このようなところから出てきているのかもしれません。さて、皆さんのご意見はいかがでしょうか。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「***スポーツクライミング2015」
制作 Original CV
作品時間 16分


 仏教用語で「四苦八苦」という言葉があります。

 四苦とは生老病死。生まれること、老いること、病むこと、死すことの苦しみ。
 そして、八苦でいう残り四つの苦しみとは、愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦。愛する人と別れていかなければならない苦しみ、恨み憎しんでいる人と会っていかなければいけない苦しみ、求めるものが得られない苦しみ、そして、・・・・。

 五蘊盛苦とはこの漢字だけを見ていると何のことかよくわかりません。

 五蘊とは色・受・想・行・識(身体・感覚・概念・心で決めたこと・記憶)ですが、・・・。

 「五蘊盛苦」の元のパーリ語は、「パンチャ・ウパーダーナ・カンダ・ドゥッカ」という言葉で、 「パンチャ」は「五つ」、「ウパーダーナ」は「執着する、固執する」、「カンダ」は「要素(蘊)」、「ドゥッカ」は「苦」という意味なので、 「五つの要素に執着する苦しみ」というのが原文の意味だそうです。漢訳の「五蘊盛苦」では「ウパーダーナ」、つまり「執着する」という意味が入っておらず、原文のニュアンスが伝わりにくい訳となっているのだそうですが、これでもまだよくわかりません。

 有名なお寺のホームページでこの五蘊盛苦の解説を読みましたが、どれも字面を追っているだけでピンと来る説明はありませんでした。

 ところが、ある日、何かの本でわかりやすい説明に出会いました。

 五蘊の中で、色は身体を表し、受・想・行・識は心を表します。「ウパーダーナ」は執着すると言葉通りに捉えるのではなく、今風に言うとバランスを取れないと解釈すればよいというのです。

 つまり、五蘊盛苦とは身体と心のバランスが取れない苦しみだというのです。これならピンと来ます。

 上手なクライマーのムーブをたくさんビデオで見てテクニックを研究している私は当然ながらそのテクニックが頭の中で(心で)わかっているはずなのですが、実際に岩場へ行って自分でやってみるとまったく身体が反応しません。

 身体と心のバランスが取れていない五蘊盛苦を山と言うほど経験しているのです。

 言い換えれば、私が岩場へ行ってクライミングをするということは四苦八苦の苦行を繰り返していただけということになってしまいそうです。もっともっともっと苦行を積んで身体と心のバランスが取れるようになればいいんですがね~~~。

 すみません。前置きが随分と長くなってしまいました。

 この度、お二人の女性クライマーのビデオ作品「***スポーツクライミング2015」をそれぞれ作りました。

 撮影している日時、場所が重なっていますので、その映像を編集して作り出す2つのビデオ作品は同じような感じになるのだろうと皆さんは思われるかもしれません。

 しかし、そうはならないのです。それはお二人の個性が違うから・・・。

 Aさんは体の中心線がストレートで、その重心に立つ感覚が際立っています。いわゆる天才肌です。多くのクライマーを見て来ましたが、このような感覚を持つクライマーはそんなに多くいません。

 例えて言えば、白鳥の湖を踊っているクラシックバレエのダンサーが中心線がまったぶれることなくクルクルと回り、体の伸身のラインがきれいに伸びている感じです。体操でいうスワンですね。

 そのAさんの映像の1カットをトリミングするとき、ストレートなイメージが出来上がっているので、クライミングのムーブ以外の動作の映像は省いていきます。そうすると短めなテンポのカットが連続していきます。

 ここにアップテンポなビートの効いたBGMを入れると、アーバン・エレガントでスタイリッシュなビデオ作品が出来上がります。

 Bさんは以前に比べてパワーがついて来ましたので、ハイステップに立ち込んでいくようなムーブが多くなって来ました。また、体が柔らかく、粘りがあります。
 そのBさんの映像の1カットをトリミングするとき、クライミングのシーケンスを模索しているような粘りのある部分はカットせず、出来る限り採用していきます。そうすると長めなテンポのカットが続きます。

 ここには心の綾をよんでいるようなBGMを入れると、エモーショナルなビデオ作品が出来上がります。

 今回紹介したビデオ作品はふたつの例です。BGMの入れ方はあえてわかっていながら逆の効果を狙って入れたりすることもあるので、様々です。その時々の編集者の感性ですね。

 最終的にどのようなビデオ作品になるかはGod knowsです。そして、そのビデオ作品の効果はGod bless youでしょう。

No. 155 2016-07-01 [PR] 個性溢れる多彩なクライミング・ワールド

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 今シーズンのNBAは記録づくめでした。そして、ファイナル第7戦を制し、初めてチャンピオンに輝いたキャバリアーズ。
 レブロン・ジェームズの号泣シーンは、いつまでもクリーブランドの人たちに語り継がれていくことでしょう。

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<目次>
1.[PR] 個性溢れる多彩なクライミング・ワールド 
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「Aさんをねぎらう会」
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1.[PR] 個性溢れる多彩なクライミング・ワールド

 「オリジナル・クライミング・ビデオ」サイトを全面改訂し、スマホからでも快適にご覧いただけるようにしました。
 今回の改訂の最大の特長はビデオ作品のカテゴリーを主演者、或いは、主演グループによって分けたことです。

 これまでは「作品マップ・世界」や「作品マップ・日本」のようにエリア別に表示したり、「検索」を設けるようにしていたのですが、これではどうしても個々のビデオ作品が持つ香りや色や味わいがわかりません。

 そこで、ビデオ作品のカテゴリーを主演者、主演グループで分けることにより、主演者、主演グループの皆さんのもつ個性を引き出し、皆さんが築き上げてきたオリジナルで多彩なクライミング・ワールドをビデオ作品群として、ご覧いただけるようにしました。

 佐藤拓哉さんは日本アルパイン・クライミングのクラシックルートを登り、ビデオ作品を20数本作って来られました。
 実を言うと10年程前に、私が「日本アルパインのクラシック・ルートを全部撮っちゃおう」と旗を揚げたのですが、如何せん、カメラマン一人だけでは何もすることは出来ませんでした。そのとき、「それじゃあ、協力しよう」と名乗りを挙げて下さったのが佐藤さんでした。
 それ以来、綿密な山行計画の立案、車の運転、登攀、食事の面倒まですべてみて頂きました。ですから、クラシック・ルートのビデオ作品化の功績は佐藤さんとそのグループの皆さんによるものだと言い切ってしまって構わないのです。
(関連作品:「谷川岳 中央カンテ・中央稜」)

 清水充治さんは神奈川ヒマラヤンクラブに所属して、何度もパミールの地を踏んでいます。
 1992年8月、清水さんを含めた神奈川ヒマラヤ登山隊は未踏峰であったスパンティーク峰(7,027m)にアタックし、16人全員の登頂を果たしました。
 徹頭徹尾、全員登頂にこだわり、数々の困難を乗り越えた結果です。この年、カラコルム、ヒマラヤを目指した他の日本隊6隊は悪天のため、ことごとく登頂を断念していますので、清水さんの登山隊の功績は快挙と呼ぶにふさわしいのです。
 山頂を目前にして、先頭を登っていた隊員は立ち止まり、後続の隊員が登って来るのを待ちました。数々の困難をみんなで乗り越えて来たのだから、みんなで山頂を踏もうという配慮です。そして、みんなが集まったところで、山頂に向かいました。このシーンをカメラがずっと追っているのです。何度見ても胸が熱くなるシーンです。
 その清水さんの夢はパミールの子供たちのために現地に学校を建設することだと伺っています。
(関連作品:「みんなで登った ~スパンティーク峰(7,027m)16人全員登頂の記録~」)

 武中ご夫妻はヨーロッパの歴史と文化に造詣が深く、たくさんのことを教えて頂きました。そして、実際にクライミングをしながら、ヨーロッパの原点を旅してみようということになったのです。
      テーマ     遺跡         岩場
2006年 ギリシャ     アテネ、ミケーネ  カリムノス島
2008年 ローマの発展 ローマ、フィレンツェ スペルロンガ
2009年 ポエニ戦争   シチリア島西部   パレルモ
2011年 西ローマ帝国の滅亡 ラヴェンナ フィナーレ・リグレ
 ローマのパンテオンに行った時、武中さんから面白いものを見つけたよと紹介していただきました。それはラファエロの墓に掘られた碑文です。
ILLE HIC EST RAPHAEL TIMUIT QUO SOSPITE VINCI RERUM MAGNA PARENS ET MORIENTE MORI
英訳(Here lies Raphael, by whom Nature feared to be outdone while he lived, and when he died, feared that she herself would die.)
和訳(ここにラファエロ眠る。彼が生きていたとき、自然は彼に出し抜かれるのではないかと恐れ、そして彼が死んだとき、自然は自分自身が死んでしまうのではないかと恐れた。)
(関連作品:「クライミングと歴史探訪の旅 ~スペルロンガ、フィレンツェ、ローマ~」)

 福原ご夫妻とは、カナダ・スコーミッシュ、韓国・インスボン、高知・大堂海岸のクラック・クライミングを中心にビデオ作品を作って来ました。「気持ちで絶対に負けない」というスタイルは終始変わらず、緊張感のある映像がたくさん残っています。そして、登り切った後のビッグ・スマイル。このスマイルには海外のファンも多いのです。
 そして、何よりも福原ご夫妻を特長づけるものは人を引き付ける魅力です。それは国内・海外で変わることはありません。どこに行っても何かしらのパーティが催されています。
 例えば、沖縄では区長さんが「結婚式を挙げる」と言ったら、集まって来た村の人たちの前で美声を披露するし、「クライミングを教えて欲しい」と言ったら、夜の公民館前の広場で手を上げ、足を上げて教えるのです。そこに集まって来た全員でそれを同時にやるのですから、さながらマイケル・ジャクソンのスリラーを見ているようでした。
 これぞ、福原ワールドの真骨頂と言えるでしょう。
(関連作品:「ちむどんどん勝山2010」)

 以上、見て来たように四者四様で、それぞれが個性的でオリジナルなクライミング・ワールドを醸し出していることがわかります。

 これらのビデオ作品群をご覧になられたとき何かを感じたとしたら、その何かをさらに推し進めて、ご自分の個性を発揮した、新しいクライミング・ワールドを映像で表現してみませんか。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「Aさんをねぎらう会」
制作 Original CV
作品時間 25分

 「こんちわー。今日は宜しくお願いしまーす。」

 13時にいつもお世話になっている中華料理店のドアを開けて中に入ると、店長自ら出て来て、
 「今日、どうする? テーブルを部屋の真ん中に設置あるね。」
と、自らテキパキと動き、使わないテーブルは部屋の隅へ、そして、本日の参加者12名分のテーブルは部屋の真ん中にドンと設置しました。

 今日は14時ー16時までこの中華料理店を貸し切って、Aさんをねぎらう会を催すのですが、入って来た瞬間から店長の気合いの入り方が何かしら違う・・・。

 「スクリーンはこっちの窓のある方がいいあるよ。プロジェクターはどこ? エッ、こんなに小さい。前やった学校の先生のときはこんなに大きなプロジェクターだったよ。」
と、お腹を抱えるような仕草をします。

 確かに、私も一抹の不安がありました。今日持ってきているモバイル・プロジェクターは手の平に載るほど小さいのです。果たして、これで十分な輝度が取れるのか?

 でも、何も考えてないわけではないのです。映像をきちんと見るためにはコントラストが必要ですが、コントラストというのは光のS/N比なのでシグナルが小さくても、それ以上にノイズが小さければコントラストは高くなる。つまり、光のノイズを抑えて、部屋を真っ暗にすればいい。

 そこで持ってきたのは畳六畳ほどの暗幕3枚とスクリーン用の白布1枚。
 暗幕1枚を二つ折りにして窓にぴったりと当てて、外光を遮断します。それでも光が漏れ出て来るので、さらにその上に暗幕1枚を横一杯に広げて張ります。その上にスクリーン用の白布を横一杯に広げて張る。
 そして、側壁の窓も3枚目の暗幕を二つ折りにしてピッタリと当て光を遮断しました。ほぼ想定通りに部屋は暗くなりました。

 モバイル・プロジェクターをスクリーンに向けて照射すると、その壁一面に映像が映し出されました。これだけの迫力があれば十分!

 さて、参加者全員が集まったところで挨拶。
「本日はお忙しいところ・・・。Aさんは誰もがやりたがらない、面倒な手続きをひとりで長い間やって来られました。Aさんは引退するということですので、ここにAさんをねぎらう会を開催します。」
 感謝状が読まれ、花束が贈られました。美味しい料理と美酒に堪能したところで映写会です。

 10数年撮り続けて来たAさんのクライミング映像を約10分にまとめたものを上映しました。沢登りあり、スポーツクライミングありですが、豪快に落ちているシーンもあるので、大画面では迫力満点です。
 店長もご覧になられていて、「このシーン、スマホで撮っていい?」と店長にとっては珍しい沢登りのシーンにご満悦でした。
 最後に、Aさんから謝辞をいただいてお開き。

 「このような会ならば、順番を決めて、ひとりひとり、ねぎらう会をやればいいんじゃないの?」と参加者の一人が発言・・・。

 さて、次はあるのだろうか。

No. 154 2016-06-01 [撮影四方山話] デジタルの魔力

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 「夏川をこすうれしさよ手にぞうり」 (蕪村)
 そういう季節になって来ます。

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<目次>
1.[撮影四方山話] デジタルの魔力
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「***十三回忌」
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1.[撮影四方山話] デジタルの魔力

 現在、「オリジナル・クライミング・ビデオ」サイトでは、ビデオ作品の動画フォーマットをrealplayerからmp4へ変換中です。

 1999年サイトを立ち上げた頃の動画フォーマットはwindows系ではwindows media player、mac系ではquick time、そして、中間の立場としてrealplayerがありました。

 当時、出来る限り中間の立場を取りたいと思いましたので、動画フォーマットとしてrealplayerを選んだのですが、17年経った今となっては標準とははなはだ遠い厄介な代物となってしまいました。

 realplayerはスマホのアプリでは有料でないと見れないのです。トホホ。
つまり、サイト自体がスマホの皆さんにご覧いただけないことと同じようなものです。

 これまで作って来た膨大な動画データを変換するのは大変なことですので、長い間ためらってきました。
 しかし、100以上のクライミング・ビデオ作品があり、のべ1000人以上のクライマーが出演しているこのサイトを簡単に潰すわけにはいかないなと思ったのです。

 しばしば次のようなメールを受け取ります。

 「インターネットで検索していたら、数年前に亡くなった父の映像がそちらにあるとわかりました。父の写真は残っているのですが、父の映像は残っていません。
 ぜひ、映像DVDのコピーをわけていただけないでしょうか。」

 時代を感じさせます。そのようなこともあり、映像を撮らせていただいた者の義務としてサイトを継続していかねばと思いました。そのためには動画フォーマットの変換は避けて通れません。

 簡単に動画フォーマットの変換と言っても、1999年当時の動画は紙芝居程度のものしか作っていないので、今回行う作業としては、実質的に動画のソースデータからmp4ファイルを作ることになります。

 そして、それを実際に始めてみると、驚きました。1999年当時といっても映像自体が昨日撮ったかのように新鮮で、画質がまったく劣化していないのです。1998年前後がアナログのHi8からデジタルのDVに変わった頃でしたから、その効果がテキメンに現れたと言えます。

  髪がふさふさして、肌がてかてかと輝いている自分の映像を見たときには思わず、「若い!」と叫んでしまいました。

 これこそ、まさに、デジタルの魔力です。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「***十三回忌」
制作 福岡県女性
作品時間 19分


 従姉から電話がかかって来ました。

 「DVD、ありがとう。今回のカバー表紙にはびっくりしたわよ。これも時代の流れだよね。」

 そのカバー表紙は互いに向きは逆で、相手の右肩を枕に、ほっぺたをくっつけて寝ている従姉の二人の孫の姿だったのです。
 天国にいる伯母も、伯母にとってはひ孫にあたるその子供達の姿をご覧になって微笑んでいるかもしれません。

 時代の主役は確実に替わっていっています。

 ”行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。”
- 鴨長明<方丈記>

 さて、今回の法要が行われたお寺のご院家様も時の流れに従って、髪が真っ白になられてしまいました。その法話です。

「机で仕事をしていると、書類を捜しに他の部屋へ行かねばならない時があります。廊下を歩いていく途中で家内に会い、
『**さんからお電話があり、***ということでした。』
と聞いて、『ふん、ふん』と答えました。

 そして、目的の部屋に入った途端に、『アレ、何を捜しに来たのかな』と思うんです。すぐに思うことは家内がいらないことを話しかけなければ、このようなことにならなかったのにと人のせいにしてしまいます。
 ブツブツ言いながら一生懸命に部屋を見ますが、もうわかりません。

 そういう時は元の部屋に戻り、今まで仕事をしていた書類をずっと眺め直します。すると、『ああ』と言って再び先ほどの部屋に捜しに戻るのです。

 ある人のエッセイで、76歳前後の方ですが、私も歳相応に部屋にモノを取りに行って、『はて、何を取りに来たんだ』と思い出せずに過ごすことと、自分の部屋に帰ることが多くなったと書いてありました。

 ある時、何回か同じようなことで部屋にモノを取りに行った時、
『はて、私はこの部屋に何をしに来たんだ』
と思ったと同時に、
『果たして、私はこの世に何を取りに来たのか。何をしに来たのか。そういう目的がないことに気付き、寂しい思いをした。そして、目的を持って生きている人を見ると羨ましく思う。』
ということが書かれていました。

 我々も一度、この世に何をしに来たのか、ということを考えることも大切なことではないかと思います。

 もうここまで生きて来たんだから、そういうことを考えなくていいと思う方もおられるかもしれません。ここまで生きて来たということはもう残りもないわけです。残りがなければない今こそ、私はこの世に何をしに来たのか、そして、どこに行こうとしているのかということを深く考えることも大切ではないかと思います。」

No. 153 2016-05-01 [撮影四方山話] 寛永寺

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。
 熊本、大分、応援します。 

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<目次>
1.[撮影四方山話] 寛永寺
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「平成27年度そつえんしきとおもいで」
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1.[撮影四方山話] 寛永寺


 先日、上野の東京国立博物館へ行った帰りに、寛永寺に立ち寄って来ました。以前から、いつかは行かねばと思っていたところでしたので良い機会でした。

 ところが、現在の寛永寺を見て、愕然としたのです。 

 「エッ、これだけ」

 江戸城を建設する際、鬼門の方位に置かれた寛永寺がこんなに小さいはずはない!

 鬼門の方位とは北東を指します。
 陰陽道では、北と西が陰、東と南は陽とされ、北東と南西の方位はその境となるので不安定であり、そこから鬼が出入りするとされます。
 そこで、北東の方位を鬼門、南西の方位を裏鬼門と呼び、都市を計画する際にはその忌避のために、その方位に神社仏閣を置きます。

 過去の大都市建設の際、鬼門と裏鬼門の方位に置かれた神社仏閣は次の通りです。

     鬼門   裏鬼門
平城京 東大寺 植槻八幡宮
平安京 延暦寺 石清水八幡宮
鎌倉  荏柄天神社 本覚寺
江戸城 寛永寺 増上寺

 以上を見ても、鬼門、裏鬼門の方位に置かれる神社仏閣は小さいものではありません。

 私は露ぞ今まで知らなかったのです。かつての寛永寺は上野公園のほぼ全域がその境内であったということを・・・。

 つまり、幕末の上野戦争でほぼ全部が壊滅的に焼失してしまっているのです。長州藩の大村益次郎が指揮する薩長連合軍はアームストロング砲や四斤山砲を使って砲撃し、彰義隊を中心とする幕府軍をここでほぼ全滅させたのでした。

 そして、その跡地に各種の文化施設が建設されたというわけです。

 ツタンカーメンを始め海外の有名な遺跡の特別展が開催された東京国立博物館。
 ピカソ、ダリを始め絵画の巨匠の特別展が開催された東京西洋美術館。
 ミラノ・スカラ座、コヴェントガーデン、メトロポリタンオペラなどが公演された東京文化会館。

 私が過去に足しげく通ったこれらすべてはかつての寛永寺の敷地の一角に過ぎなかったのです。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「平成27年度そつえんしきとおもいで」
制作 東京都***保育園
作品時間 148分

 長い歴史があり、時代に先駆けて新しい仕組みやカリキュラムを作り、そして、充実したスタッフがいるこの保育園だからこそ出来ることに違いありません。

 保育園で行われるすべての行事をスタッフがビデオカメラで撮影しているのです。

 春の入園式、遠足。夏のとうもろこし狩り。秋の運動会。そして、冬のクリスマス会と卒園式などなど。

 それらの映像データは定期的に私のところへ送られてきます。
 そして、最後の卒園式が終わったところで、それらをすべてまとめて1枚のDVDに仕上げます。

 平成27年度の映像データは約7時間。仕上がったビデオ作品の時間は2時間28分。

 もちろん、このDVDは卒園児のおひとりおひとりに保育園の想い出のプレゼントとして配られるのですが、もう一方でこのDVDはこの保育園としての貴重な映像保育記録でもあります。

 私が編集を担当するようになってから4年が経ちました。これが今後20年、50年と続いていったとしたら、これはとんでもない貴重な記録になるに違いありません。日本を代表する、いや、世界を代表する映像保育記録となるはずです。

 この歴史の長い保育園を支えて下さっているのは言うまでもなく、そこに園児を預けて下さっている保護者の皆さまです。皆さまの揺るぎなき信用こそがこの保育園の財産だと言えます。

 卒園式で謝辞を述べられた保護者の代表の方の言葉からもそれはひしひしと伝わって来ます。

 「・・・・・・・・・。卒園の日を迎え、初めて保育園にお預けした頃のことを懐かしく思います。

 初めて、親元を離れて集団生活を送り始め、不安で泣いてばかりいた子供たち。
 泣き止まぬ我が子を前に、後ろ髪を引かれる思いでも仕事に行かねばならず涙したこと。
 初めての育児に戸惑い、仕事と家庭の両立に自信を無くしかけていたこと。

 こんな親子の不安な気持ちを吹き飛ばしてくれたのはすぐに名前を覚えて下さり、子供の目線で話しかけて下さる園長先生を始め、先生方の明るい笑顔と心遣いでした。

 ・・・・・・・・・・。このような先生方のいらっしゃる***保育園は私にとってとても楽しく、居心地が良く、上の子から数えて14年間もお世話になりました。

 ・・・・・・・・・・・。様々な行事を通して、お友達との接し方、我慢をすること、そして、つまづいても自分で立ち上がる強ささえも教えていただきました。

 ・・・・・・・・・。
 無事に生まれて来てくれてありがとうと思っていた子供達が今では「先生、ありがとう」と言えるまでに成長したことが何よりも嬉しく思います。
 ・・・・・・・・。」 

 そして、卒園式当日、主役である卒園児たちは胸を張って最後の曲を歌いました。

 たくさんの毎日をここで過ごしてきたね。
 苦しいことも悲しいこともきっと忘れない。
 たくさんの友達とここで遊んできたね。
 水遊びも雪だるまもずっと忘れない。
 さよなら僕たちの保育園、僕たちの遊んだ庭。
 この次遊びに来るときはランドセルの一年生。
 ・・・・・・・・・。


No. 152 2016-04-01 [撮影四方山話] 星空ジョギング

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 春分の頃、まさに「菜の花や月は東に日は西に」(蕪村)の光景でした。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 星空ジョギング
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「*** ―Reception―」
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1.[撮影四方山話] 星空ジョギング

 今年1月、ある日の午前5時過ぎ。自宅からまだ暗い外に出ると、いきなり身の引き締まる寒さ。雲が無く、放射冷却によって冷え込んでいるのです。こういうときこそ、星空が美しい。

 自宅前から西に向かう急坂を走って上っていると、坂の上には雲があるのではなく、煌々と輝く木星がありました。その木星から東に向かって一列に、乙女座のスピカを挟みながら、火星、土星、金星、水星と並んでいたのです。

 惑星の揃い踏みです。

 今となっては木星は西の地平線に、そして、水星と金星は東の地平線に去ってしまいましたが、このときほど、黄道を強く意識したことはありません。

 黄道とは天球上における太陽の見かけ上の通り道のことですが、惑星は太陽の公転面上に存在するため、この黄道上に現れるのです。また、合わせて言えば、地球を回る月の公転面も太陽の公転面に近いので、月も黄道付近に現れます。

 まさに、黄道上付近で、日、月、火、水、木、金、土の天体ショーが毎日、繰り広げられているのです。そして、黄道上にある星座が星占いに関わるのですから、奥が深い!

 天球を地球から近い順番で四つのレイヤーに分けてみると、次のようになります。

第一レイヤー 月 ・・・ 黄道付近に現れる ・・・ 太陰暦
第二レイヤー 太陽と惑星 ・・・ 黄道上に現れる ・・・ 太陽暦
第三レイヤー 銀河系 ・・・ 天の河 ・・・ (銀河暦?)
第四レイヤー 宇宙全体 ・・・ 天球

 月は地球を約28日で周りますので、それを4等分して1週間とし、日月火水木金土を割り当てて暦としました。これが太陰暦です。
 現在は地球が太陽を周る約365日を1年とした暦、太陽暦を採用しています。

 しかし、数百年後、人類が太陽系を飛び出して銀河系を旅するようになる時、太陽暦では不十分となり、新たに銀河暦?が作られることになるでしょう。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「*** ―Reception―」
制作 福岡県女性
作品時間 72分

 新郎26歳、新婦34歳。

 「うん!?」

 誰しもが最初に新郎と新婦の年齢を聞いたとき、「大丈夫かな」と心配するのです。しかし、直接、彼らに会って見ると、誰しもが異口同音、「似合いのカップルだね」と言います。

 新郎は若いけれども、落ち着いてどっしりとした感じがしますし、新婦はお人形のような顔立ちですので、年齢を感じさせません。二人一緒にいるといい感じなのです。

 この似合いのカップルには少し心配事がありました。新婦は長い間、母と娘の二人暮らしでしたので、ご自分が嫁いでしまうとお母様はひとりぼっちになってしまいます。お母様の寂しさを考えると胸が締め付けられる思いです。

 さて、結婚式当日、無事に式を終え、そして、披露宴もたけなわとなりました。会場の皆様を前にして、新婦から母への手紙が読まれました。

新婦 : 「大好きな皆様に囲まれて祝福をいただき、(ぐっと声を詰まらせ)、今、嬉しさと感謝で胸がいっぱいです。

 お母さん、私が生まれて早いもので34年が経ちました。今日まで大切に育ててくれて本当にありがとうございます。振り返ると予定日より一か月も早く生まれた私は未熟児だった上に、ミルクを好まない、皆が寝静まる頃から夜泣きをする手のかかった子でしたね。

 そんな中、元気にすくすくと育ったのもたくさんの愛情を注いでくれて暖かく見守ってくれたお蔭です。

 お母さん、小さいときに作ってくれた水玉のワンピースを覚えていますか。

 おてんば故に鉄棒でスカート回りをして破ってしまったけど、忘れられないお気に入りの服で、大人になった今でもその水玉は大好きな柄です。

 それから、手作りの誕生日ケーキを覚えていますか。

 ホワイトケーキにフルーツとバナナのシンプルなケーキだったけど、一生懸命に作ってくれたケーキは今でもどんな店よりも美味しい世界一のケーキです。

 お母さんとは家族の中で一番多くの時間を一緒に過ごしたから、言葉を通さなくても通じることが多かったよね。
 仕事で疲れて帰った時、何も言わなくてもいつもそこにはその時に食べたい料理を作って待ってくれてました。肩の力が抜けてほっとしたのを覚えています。

 こうやってひとつひとつを思い返してみると、どんな時も優しさで包み込んでくれたお母さんがいます。

 お母さん、ありがとう。

 お母さん、私は今、お母さんの思い描いた花嫁になれていますか。

 母として家族を支えてきたお母さんは私の理想像です。そんなお母さんを越える自信はないけど、少しでも近付けるように、これからは自分自身を磨いていきたいと思います。

 最後に、**さんのお父様、お母様、初めてお会いしたときから暖かく迎えていただけたことを本当に幸せに思います。まだまだ未熟な私ですが、これからもどうぞ宜しくお願いします。」

 新婦の母に問いかける文章を聞いた時、私は思わずカメラのファインダーから目を離し、ハンカチを取り出して目頭を押さえてました。

 そして、新婦の気持ちがよくわかる新郎もまた感情が込み上げていました。

新郎 : 「これはヤバイ。これはヤバイよ。」

 横で新郎のお父様はまだ若い新郎を心配そうに見ていました。

 マイクが新郎に渡され、いよいよ最後の謝辞を述べる時が来ました。新郎はゆっくりとひとつひとつの言葉を噛みしめ飲み込みながら、スピーチを始めました。

新郎 : 「本日はお忙しい中・・・、また遠方にも関わらず・・・、私たち二人のために結婚式に出席いただき・・・、感謝の気持ちでいっぱいです。

 これからは良き父、良き母になれますよう・・・、毎日笑顔で助け合いながら
愛情いっぱいの家庭を築いていけるよう・・・、 精一杯頑張りたいと思います。」

 その凛々しく堂々とした姿に、会場の皆さんはどこかほっとした安心感をもったのではないでしょうか。

 最後の礼が終わった後、新郎のお父様は左手で新郎の肩をがっしりと掴み、そして、軽く揺さぶりました。


No. 151 2016-03-01 [撮影四方山話] 2500年前 富士山山体崩壊

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 火山は噴火などによって被害を与える一方、温泉などの恵みも与えてくれます。自然と上手にお付き合いする知恵と工夫をもっと磨かなければなりません。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 2500年前 富士山山体崩壊
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「御嶽山噴火を考える ―体験者の声を聞く―」
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1.[撮影四方山話] 2500年前 富士山山体崩壊


 昨年暮れの12月4日、東京慈恵会医科大学高木2号館南講堂で日本山岳会110周年記念シンポジウム『御嶽山噴火を考える -体験者の声を聞く-』が開催されました。
 その最初の講演者は同会科学委員長の福岡孝昭氏で『火山噴火と安全登山』について発表されました。

 その講演の最後のところで、「2500年前 富士山は山容が変わってしまうほどの山体崩壊を起こしました。崩壊した部分は箱根山にぶつかり、一方は駿河湾へ、そして、もう一方は相模湾に達しました。」と述べられたのです。

 そのとき、私は「遠い昔に大変なことが起こったんだなあ」程度にしか感じていませんでした。

 帰りの電車の中、車窓から東京の街のネオンをボーっと見ながら「ちょっと待てよ。2500年前というと紀元前500年頃のことであり、有史はすでに始まっている。そんなに遠い昔のことではない。」と気付いたのです。

 紀元前500年頃、西アジアではペルシャ帝国がオリエントを統一し世界最大の強国となっていました。その勢いでアテネ、スパルタに侵攻してペルシャ戦争が勃発しました。

 アテネ、スパルタ連合の抵抗は激しく、サラミスの海戦でペルシャ軍を打ち破ったのでした。その後、アテネ全盛のペリクレスの時代に入ります。

 「我々アテネ人は、どの国の政体をも羨望する必要のない政体をもっている。他国のものまねをしてつくった政体ではない。他国の方が手本にしたいと思う政治体制である。少数のものによって支配されるのではなく、市民の多数が参加する我らの国の政体は民主制と呼ばれる。」

 ペリクレスの誇らしげな顔が見えるようです。

 一方、紀元前500年頃の東アジアでは黄河流域の中原を中心として発展し、春秋時代に入っていました。孔子が活躍していたのはこの頃です。
 その後、晋の韓、魏、趙が自立して戦国時代に入り、戦禍は中国全土に広がっていました。
 「秦の白起将軍、韓、魏の軍を伊闕に破り、斬首12万人に及ぶ。」
 誰しもが戦々恐々としたに違いありません。

 この戦禍から免れたいと思った人々が揚子江河口辺りからボートピープルとなって脱出。そして、日本にたどり着き、水稲技術を伝えたのではないかと考えます。

(注: 紀元前1世紀頃、前漢時代の経済産業地図を見ていますと、黄河と揚子江の間に米作の西北限界が書かれています。つまり、揚子江流域では米作が出来ますが、黄河流域では畑作が中心で米作が出来なかったようです。
 そのことから、水稲技術は朝鮮半島を通って日本に伝わったとは考えづらいのです。)

 水稲技術を伴う弥生文化は紀元前300年に北九州から始まり、紀元前100年には近畿・東海、そして、紀元100年には東北南部にまで達しています。

 ここで再び紀元前500年頃の富士山山体崩壊が起こったときに戻ります。

 この頃、関東平野は現在のような形ではありませんでした。現在の東京湾のさらに深くに奥東京湾があり、埼玉県浦和辺りが浦と名の付くに相応しい海岸線でした。

 そこに住んでいた縄文人のシャーマンが次のように言ったとしても何の不思議もないでしょう。

 「これ(富士山山体崩壊)は神のお告げじゃ。古き世(縄文時代)は去り、新しき世(弥生時代)が来る!」


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「御嶽山噴火を考える ―体験者の声を聞く―」
制作 公益社団法人日本山岳会 医療委員会
作品時間 174分


 昨年暮れの12月4日、公益社団法人日本山岳会医療委員会の主催により日本山岳会110周年記念シンポジウム『御嶽山噴火を考える -体験者の声を聞く-』が、東京慈恵会医科大学高木2号館南講堂で開催されました。

 講演者は3人。

 まず、同会科学委員長の福岡孝昭氏による「火山噴火と安全登山」の講演。火山噴火のメカニズムについて初心者にもわかるように説明されました。

 次に、噴火口から350メートル付近におられて噴火を実際に体験された登山ガイドの小川さゆり氏から「御嶽山噴火に対する想い」が発表されました。

 そして最後に、実際に災害現場に行かれた上條剛志氏から「御嶽噴火災害における医療活動」が報告されました。現場の生々しい声が聞かれ、今後の活動に対する課題点も取り上げられました。

 いずれの講演も内容が濃く、マスメディアには取り上げられることのない、このシンポジウムに参加しなければ聞くことの出来なかったことが多数含まれていましたので、会場を埋め尽くした満員の聴衆の皆さんに大きな感銘を与えました。

 中でも実際に噴火を体験された小川さゆり氏の発表は圧巻でした。

 私は会場の一番後ろからカメラを回していたのですが、聴衆の皆さんが固唾を飲んで聞いているのがよくわかりました。
 聴衆の皆さんが誰も息をせずに聞き入っている感じなのです。彼女の声以外は一切の音がなく、まるで「シーン」という音がしているかのような錯覚。

 彼女の誇張することのない、淡々とした語り口は想像を絶する真実を聴衆の皆さんに突きつけました。

 要約すると・・・、

 11時52分 1回目の噴火。
 「ドドーン」という鈍い音がして振り返ると、噴煙と噴石が高く舞い上がっていた。即座に噴火だと判断し、登山道脇のなんとか体が隠れる岩に張り付く。
 同時に硫化水素らしいガスにまかれる。喉を押さえてのたうちまわる。
「もうだめだ」と思った瞬間風向きが変わり、息が出来るようになった。

 2分後、放り出された噴石が空気を切り裂いて降り出した。猛烈な量とスピードと大きさ。岩と岩がぶつかり砕ける音が凄まじい。

 6、7分後、噴石が落ち切って冷たい空気が入る。このままだとやられると思い、30メートル下の大きな岩の塊に移動。小さな穴に頭を入れるが、腰と右足は入らない。

 2回目の噴火。
 あたりは自分の手すら見えないほど真っ暗な闇に覆われ、約50分続く。
噴石と一緒に小さな石の粒がざんざんと降り出し、あっという間に腰まで積もる。

 3回目の噴火。すさまじい爆発音。
 電子レンジ、洗濯機、軽トラックほどの岩が飛んできた。灰が積もったおかげで、斜面では新雪に飛んできた岩が吸い込まれていく感じになった。

 雷が真っ暗闇に3本走った。急に視界が広がりだし外へ出る。尾根の上まであがり、身を隠す岩を捜すが見当たらない。直感で一ノ池を突っ切って二ノ池のガレまで走ることを決断。その間、身を隠すところがないので、噴石がきたら、やられるが・・・。

 13時10分頃、覚明堂に飛び込み、「助かった」と思う。

 
 このシンポジウムの会場に足を運んだ聴衆の皆さんの中で、この凄まじい状況を予想していた人が一人としていたでしょうか。この事実を聞き終えてただ呆然とする以外に何が出来たのでしょうか。

 最後に、彼女は語りました。

 「この日、穏やかだった御嶽山は突然、噴火しました。そこにいた登山者は噴火に関わる者として人生を変えました。

 生かされた者と命を落とされた方では生きているという決定的な違いはあります。しかし、生かされた者は恐怖感、自責の念、苦しい感情を抱え、苦難を乗り越えようとしています。

 この先、あの日の光景、教訓を私は忘れません。

 あのとき、自分の命を守ることしか出来ませんでした。しかし、自分の命は守れました。あのとき何もできなかったのなら、出来ることをすればいい。
 登山者が見た噴火の恐ろしさと残していただいた教訓を伝えたい。
ただ、そう思っています。」 

No. 150 2016-02-01 [素晴らしい教材から] 親友

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 ある朝、起きて窓から外を眺めると真っ白な銀世界。びっくりです。

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<目次>
1.[素晴らしい教材から] 親友
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 「新郎新婦生い立ちの記」、「Happy Wedding」
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1.[素晴らしい教材から] 親友

 USAボクシングの西の聖地がラスベガス・MGMグランドであるとすれば、東の聖地は今やマディソン・スクエア・ガーデンではなく、3年前にこけら落としを行ったバークレイズ・センターです。

 新年早々、このバークレイズ・センターでビッグマッチが行われました。
 地元ブルックリンの人気者2人が激突するWBA世界ミドル級タイトルマッチです。

 チャンピオンのダニエル・ジェイコブスは30勝1敗27KO。一度タイトルを取ったところで医者から癌を宣告され、どん底に落ちました。そこから癌を克服し這い上がって来て、再びチャンピオンとなったのです。
 癌の病と戦っている多くの人々にとって、彼は希望の光です。

 そして、挑戦者は元チャンピオンのピーター・クウィリン。こちらは32勝無敗23KO。元と名の付くのは計量に失敗してタイトルをはく奪されたからですが、まだ負けているわけではありません。

 どちらが勝つのか。オッズは3:7で挑戦者有利と出ていました。

 勝負事は勝者敗者ではっきりと明暗が分かれます。勝者は歓喜に満ち溢れますが、敗者はうなだれ黙してリングを去るのみです。

 それが普通です。もともと負けるつもりでリングに上がっているわけではないのです。肉体、精神ともぎりぎりまで追い込み、勝つことのみを信じてやってきたのです。
 だから、敗者は負けた瞬間、自分に起こっていることを受け入れることが出来ず、まして、勝者を称えるという心境には到らないはずです。それも勝ち続けている彼らにとっては・・・。

 この試合はなんと1ラウンド1分25秒で、チャンピオンのダニエル・ジェイコブスが挑戦者のピーター・クウィリンをTKOで破りました。
 チャンピオンの右の一発が挑戦者のテンプルに炸裂したのです。

 リング上でチャンピオンはチャンピオンベルトを巻きながら、「ピーターのダメージが心配だが、彼を尊敬する」というコメントを残しました。

 そして、挑戦者は「初めての敗北ですが、受け入れられますか」という質問に対して次のように答えたのです。

 「謙虚な気持ちがあれば問題ないと信じているよ。ダニエルは癌を克服して素晴らしい物語を歩んでいる。そして、多くの人々に希望と勇気を与えているんだ。

 『初めて負ける相手で、彼以上に立派な人はいないよ。』」

 リングを降りれば、彼らは親友なのです。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「新郎新婦生い立ちの記」、「Happy Wedding」
制作 埼玉県女性
作品時間 10分、8分

 昨年の秋ごろ、いつもヘビーな編集を依頼して下さるA子さんからメールが入りました。

 「今回、友人が驚くほど急な予定で結婚式をすることになり、余興でお祝いメッセージを流したいと言われました。
 ですが、まだネタの撮影もしていません。
 まず末次さんが、この年末年始に日本にいらっしゃるのかどうか? 私の依頼を受けていただけるかどうかの確認と…」

 1月10日に結婚式だということですので、完成したビデオ作品は遅くとも1月8日にはA子さんのお手許に届いていなければなりません。
 仕上げチェックがインターネットタイプ(インターネット上で作品をチェックしていきながら仕上げる方法)をご希望であり、いつもヘビーな編集を依頼して下さることも考え合わて、12月25日までに映像素材を届けていただけるようにお願いをしました。

 その12月に入ると、今度は新婦B子さんからのご依頼で、お色直しで席をはずしているときに会場に流す新郎新婦生い立ちのビデオも作成して欲しいと連絡がありました。

 ビデオ作品1本のご依頼のはずが、2本になったわけです。それもお受けすることにしました。

 21日に新郎新婦生い立ち用の80枚ほどのお写真が届きました。
 26日には映像素材が届きました。中学校、高校時代のアルバム、たくさんのお写真、miniDVテープ、映画のDVD、そして、たくさんの音源。
 27日には追加でアマゾンから直接私宛てで使って欲しいという音楽CDが送られて来ました。
 それで終わりではないのです。メールに添付して使って欲しいというお写真もまたまた届きました。

 A子さんの気合いの入り方がわかります。

 A子さんとB子さんのお母様とは次のような経緯があったのだそうです。

 「B子のママは、昨年亡くなりました。
 友人の中でも、病床にお見舞いしたのは私だけだったんですが、その時に
 『B子は男運が悪そうだから…。変な男に騙されないか心配なのよね。A子ちゃん、お願いね?』
って、頼まれました。」

 理屈ではないけれど、B子さんのお母様の妙に説得力のあるお言葉。

 B子さんは高校を卒業して20年経って漸く、男運に恵まれようとしているのです。
 A子さんばかりではなく、私自身も「これは一肌脱がなければ・・・」という気になりました。

 そこで、ビデオ作品「新郎新婦生い立ちの記」は以前、桜吹雪のスライドショーで作ったものから一歩進んで、お写真の人物の前後に蛍が飛び回っているようなものを考えました。
 それをA子さんに伝えると、

 「ご好意ありがとうございます。前回の桜吹雪のスライド!
 めちゃくちゃ好評で、私もお気に入りでしたが、映像に詳しい方に聞くと、とてもとても手間のかかる、手の込んだものだと。。。
 今回は、日にちに余裕がなく、しかも素材の送付も遅れてしまったのに、同じように手の込んだ作品に仕上げていただけるなんて…。
 甘えていーんですか? 本当に? 後悔しないで下さいね? 途中で、引き返したくなったら…、遠慮なくお申し出くださいね?」

 それほど喜んでいただけるのならば引き返すわけにはいきません。やるしかないです。

 と言っても時間はあまり残されていません。

 28-30日で「新郎新婦生い立ちの記」の1次仕上げを完成、
 31-2日で「Happy Wedding」の1次仕上げを完成。
 3-6日まで、修正依頼が来るたびに、修正をして追い込んで行き、7日発送。
 8日午前中にA子さんのお手許に届くという段取でいくことにしました。

 そして、30日には「新郎新婦生い立ちの記」1次仕上げ完成、1日には「Happy Wedding」の1次仕上げを完成していたのですが、2日朝、編集用に使っているパソコンの電源ボタンを押してもパソコンが立ち上がらないのです。

 クラッシュした!!!!

 その瞬間、頭が真っ白になりました。本当に手を合わせて映像データが生きていてくれることを祈りました。再度、ビデオ作品を作り直す時間はもはや残されていません。

 そーっとOSを入れ直すとクラッシュしたのはOSを入れていたSSDであり、映像データを入れていたハードディスクは無事だとわかりました。

 このとき、神様に何度感謝のお礼を言ったか、わかりません。
 本当に、God bless me! だと思いました。

 とはいうもののレンダリングに相当に時間がかかることを考えるとSSDは不可欠です。すぐに、上大岡駅の京急百貨店に入っているヨドバシカメラに行き、購入することにしました。

 時は1月2日。この日は京急百貨店の初日。華やかな正月気分一色です。そして、そこには福袋を買うためにお客様の長蛇の列が出来ていました。

 午前9時の開店と同時に、皆さんは走って中になだれ込み、福袋を買い求めています。その中で真っ青な顔をして、とても正月気分ではいられない私はヨドバシカメラの店員を掴まえて、

 「これと同じオンボードタイプのSSDはありますか。」

と質問していたのです。

 「申し訳ないのですが、今、在庫がありません。お取り寄せとなり、2-3日はかかります。」

 「そんなに待てないよ。ではSATAタイプのSSDを下さい。それでなんとかやります。」

 そのとき、編集機のパソコンのSATAソケットが空いているか確信はなかったのですが・・・。しかし、帰ってパソコンを開いてみると、SATAソケットは空いていました。
 再び、God bless me! でした。そして、その日の夕方には元の編集機の状態に戻っていました。

 その後、ビデオ作品「Happy Wedding」が2次仕上げ、3次仕上げと進んだとき、A子さんからどうしても2枚の写真を使って欲しいと依頼されました。
 ところがその2枚のお写真はこちらに届いていなかったのです。

 もう残された時間はありません。

 その日、A子さんは埼玉から車を飛ばして、横浜の私のところまで2枚のお写真を直接届けてくれたのです。スキャナーで取り込んでEメールに添付して送ってくれても良かったのですが・・・。

 『美しい』ビデオ作品はたくさんの人の気持ちを織り込んで、作っていくものだと思います。
 今回のビデオ作品にかけた想いは必ずや新婦や天国にいらっしゃる新婦のお母様にも届くものと信じています。

No. 149 2016-01-01 [撮影四方山話] 叙勲

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 あけましておめでとうございます。皆さまにとって幸多き年になりますように。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 叙勲
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 → 「平成27年 合唱コンクール ***中学校」
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1.[撮影四方山話] 叙勲

 年末にAさんから一本の電話がかかって来ました。

 「叙勲を授かることになったよ。これもあんたがビデオカメラで撮影してくれたお蔭や。ありがとう。」

 Aさんがやってきた事はすごく突飛なことではなく、誰もがやろうと思えば出来ることに違いないのです。でも、それを20年、30年と続けることが出来るかどうかというと・・・。

 過疎化が進む小さな町に、小さな公園がありました。誰もが見向きもしない、通り過ぎてしまうような公園です。Aさんはそこに住む人たちが少しでも気持ちよく暮らせるようにと毎日掃除をすることにしたのです。

 公園がきれいになってくれば、さらに豊かなものにしようと花木を植えてみました。
 そして、季節になれば、立派で見事な花をつけるように育ちました。

 高齢化が進むその町ではお年寄りは家に引きこもりがちになります。
 「お年寄りの人たちに公園まで足を運んでもらって、立派な花を見ながら、野点をしようじゃないか。そして、それが少しでもお年寄りの気持ちをなごませるものであれば、それでいいじゃないか。」
 それがAさんの気持ちだったのだと思います。

 少人数で始めた野点も年が経つに連れて、周りの町内からも多数参加するようになりました。そして、その野点は季節になれば皆さんが楽しみにする恒例の行事になったのです。

 Aさんは人前で流暢にしゃべったり、自分の功績を鼻にかけるようなタイプではありません。いつもニコニコとして笑顔を絶やすことがない、どちらかと言えば朴訥としたタイプです。

 そのAさんが叙勲を授かるというのは、そのAさんを推薦して下さった周りの方々がいるはずなのです。

 それを思うと、過疎化、高齢化が進む小さな町ではありますが、地道にコツコツと活動をする人を見捨てない心暖かい町であるように思えます。

 日本もまだまだ見捨てたものではありません。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「平成27年合唱コンクール ***中学校」
制作 ***中学校PTA
作品時間 151分

 2年生の最優秀賞を獲得したクラスの生徒の代表は今から歌う曲を次のように紹介しました。

 「僕たちが生まれた2001年はアメリカで同時多発テロが起きました。その後、2003年はイラク戦争が開戦。世界中に不安が巻き起こる中でこの『ヒカリ』という曲が誕生しました。

 前半は暗く、寂しく、悲しい曲調ですが、後半は前向きに走り出したかのように、明るく転調するところが特徴です。
 そんな僕たちがこれから切り開いていく戦争の無い、明るい未来をイメージして、心を込めて歌います。」

 重い、腹に沁みわたるようなフォルテの和音がピアノから叩き出されました。そして、合唱が始まります。

「枯れた大地に独り
闇を恐れ光を求める
大地も空も闇に覆われた孤独
・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
目に見えない神に
何もかも祈れば願いはかなうのか
・・・・・・・・・・・・・・・

もしも 花々が咲き乱れ蝶達は舞い
木々が風に揺れ鳥たちは歌う
そんな世界がかえってきたら
・・・・・・・・・・・・・・・

この小さな思い
守り続けると今誓おう
ぬくもりと光あふれる地球(ほし)に生きる
そのために」

 混成3部合唱で歌い切った生徒たちの顔は輝いているというより、神々しく見えました。

 私は改めて思い知らされました。この生徒たちも現代という時代に生きているのだと・・・。
 そして、その現代と言う時代を肌で感じ、自ら想い、そして何を行動し、表現すればよいかを模索し続けているのだと・・・。
 そのように考えると、「合唱コンクール」自体が彼らにとって、彼らの心の叫びを表現する場なのでしょう。

 この会場に押し寄せ、隙間なく坐している視聴者の皆さんに、彼らの心から訴えかけてくる歌はどのように響くのでしょうか。失いかけている自らの心の明かりを灯すことになるのでは・・・。

No. 148 2015-12-01 [撮影四方山話] スピーカーを替えただけで・・・。

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 音楽は心に安らぎを与え、豊かにします。

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<目次>
1.[撮影四方山話] スピーカーを替えただけで・・・。
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 → 「**** 帯解きの儀」
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1.[撮影四方山話] スピーカーを替えただけで・・・。

 長年、使っていると、様々な機械が壊れていきます。完全に動作不能になるまでは騙し騙し使っていますが、完全に事切れてしまうと、買い替えるしかありません。

 11月に入って仕方なく、20数年使っていたBSアンテナとスピーカーを買い替えました。
 BSアンテナ自体が軽量化されていることに驚きましたが、これは信号が入ってくればよいだけなので、実質的な影響は無し。

 ところが、スピーカーの買い替えは生活に新たな変化を及ぼしました。

 昔ならば、ブランドのアンプとスピーカーを揃えることが常識だと思っていましたので、そのようにしたのでしょうけれど、時は流れて、現在。
 何でもありかなー、と思って、中国製の2.1chのホームシアター用スピーカーを買ったのです。当然安い。性能はそこそこです。

 このスピーカーには入力端子が2つ付いていました。ただそれだけのことなのですが、私にとっては大きな変化でした。入力端子のひとつはTVにつながっているBlu-rayレコーダーへ繋ぎました。これは以前と同様です。

 そして、もうひとつの入力端子は空いているんです。試しにスマホを繋ぐと、全然OKではないですか。

 最近だと思うのですが、アマゾンからアマゾンプライム会員向けに100万曲以上が無料で聞けるPrime Musicというサービスが提供されていることをご存知でしょうか。

 私は古い人間なので、最近のミュージシャンはあまり知りませんが、昔のミュージシャンは未だに大好きです。
 よって、テノール歌手パバロッティのアリア全集、マウリツイオ・ポッリーニのショパン全集、ジャズ歌手ダイアナ・クラールのほぼすべてのアルバムが無料で聞けるとなったら、それだけで大満足。

 スマホでアマゾンPrime Musicのアプリを入れて、それをスピーカーに繋ぐだけ。
 一日中、私の部屋に音楽が流れています。一生かかっても100万曲なんて、聞けるわけはないのですが、音楽に溺れる毎日が続いています。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「**** 帯解きの儀」
制作 東京都女性
作品時間 34分

 11月に入り、雨上がりの清々しい朝。20数年ぶりに自由が丘の駅に降り立ちました。

 ある店の扉を入って行くと、すでにA子ちゃんの髪結いは始まっていました。ママは薄い藤色の着物を品良く着こなし、パパも袴姿で見守っています。

 A子ちゃんの前髪は垂らすことなく巻き上げられて、ふっくらとした本格的な和髪に結われました。白色と茜色のちりめんかんざしを挿して出来上がりです。

 振袖の着物は緋色で、そして、まさに桜色をした桜の文様が織られています。純色を使った子供っぽい派手さはないのですが、浮き出てくるような鮮やかな存在感があります。

 帯は菜の花色で、帯揚げは若芽色。帯締めをし、箱迫、扇子を挿して着付け完了。純白の足袋に草履を履いて、パパとママの前に、その姿を披露しました。

 「ゴージャスで本格的だね。」

と、この店のスチールカメラマンから一言。

 写真撮影を終えると、氏神様のいらっしゃる神社へ直行。おじいちゃん、おばあちゃんはすでにそこで待っていました。

 「おめでとう。」

と、孫の華やかな姿に満面の笑みをたたえています。そして、神社でお参りを済ませました。

 その後、親族一同が集まって食事会が催されました。食事が進んで来ると、着物を着慣れていないA子ちゃんは場に飽きて、駄々を捏ね始めました。

A子ちゃん:「もう、イヤダヨー。」

叔母さん:「それがかわいいよね、子供らしくて。嫌だと言っているのも後から想い出になるのよ。だから、ギリギリまで嫌がってもらって・・・。」

 「宴もたけなわですが」とパパからの挨拶が始まりました。
 「本日はA子の七五三のお祝いにお越し下さり、ありがとうございます。A子はおかげさまで7歳になりました。七五三で7歳は『帯解きの儀』と呼ばれ、紐付きの着物から大人と同じ帯を結び始める年と言われています。」

 パパはA子ちゃんの方を振り向き、
 「だから、今日は太い帯をしたのよ。」
と説明すると、

A子ちゃん:「脱がせて・・・。」

 親族一同からドッと笑い声が出て、華やかな儀式も無事にお開きとなりました。

 後に、A子ちゃんから、パパとママへ手紙が送られました。

「パパ 、ママへ

七五三をいわってくれてありがとう。
これからもおねがいします。
おかげで七さいになれました。
これからもA子はせいちょうしていきます。
パパ、タバコやめてね。だいすき。ありがとう。
ママ、いつもありがとう。だいすき。

A子より」

No. 147 2015-11-01 [素晴らしい教材から] Ideals are peaceful. History is violent.

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。
 日の出が遅くなったこの頃、東京湾の向こうから昇る朝陽を正面に受けて
ジョギングしています。

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<目次>
1.[素晴らしい教材から] Ideals are peaceful, history is violent.
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 → 「**と**の誓約」
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1.[素晴らしい教材から] Ideals are peaceful, history is violent.

 言うまでもなく、聖書はキリスト教の核ですので、この聖書の言葉をモチーフにした映画はたくさんあります。

 その中で、最近、私が見て印象に残った映画を紹介しましょう。

 デヴィッド・エアー監督・脚本、ブラッド・ピット主演
 映画「フューリー(Fury)」 (2014年)

 アドリブ演技で生まれたという名セリフ「Ideals are peaceful, history is violent.(理想は平和だが、歴史は残酷だ)」は、ブラッド・ピットが撮影の前にリサーチのため、たくさんの退役軍人にインタヴューをした中で、彼らの1人から発せられた言葉だそうです。

 彼は語っています。
 「この映画が主張しているのは、家の中でのルールは戦場では通用しないということです。新兵のノーマンは人間の慈愛や正義感を持っていますが、それは戦場では通用しません。殺すか殺されるかの世界では冷血な人間にならなければならない。これだけ人間が進化しているにも関わらず世界中で争いは絶えない。そんな戦争の愚かしさ、矛盾をあらわしているのがこのセリフです。私たちが大事にしているものや理想としているものは、戦場では一旦忘れなければ生き延びることができないのです。」

 「フューリー(Fury)」というのは1台の戦車の名前です。第2次大戦中、300人のドイツ人を敵に迎えて、フューリーに乗るたった5人の仲間だけで重要拠点を守らなければならなくなったのです。それもフューリーのキャタピラは壊れてしまっていますので、身動きがとれません。その中で彼らは決心するのです。

 クリスチャンである砲手のボイドは聖書の言葉を使って、心境を吐露します。
 「わたしはまた主の言われる声を聞いた、『わたしはだれをつかわそうか。だれがわれわれのために行くだろうか』。
 その時わたしは言った、『ここにわたしがおります。わたしをおつかわしください』。」

 この戦車のリーダーであるウォーダディ軍曹(ブラッド・ピット)は、子供や捕虜を躊躇なく殺させ、生き残るためには何でもやってきた男で、人間の愛や神への敬意、信仰にまったく無縁と思われていたのですが、そのとき

 「イザヤ書6章・・・」

と聖書の引用した箇所を指摘したのでした。
(彼自身も敬虔なクリスチャンで、このとき殉死を決心していたのです。)


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「**と**の誓約」
制作 福岡県女性
作品時間 72分

 北九州市から車で50分ぐらい走り、響灘の海岸線から少し内陸にったところにSlow Resortと称するエリアがあります。
 4つのお洒落なレストランやカフェなどが集まり、そこにチャペルもありますので結婚式を行うことも出来ます。

 雲ひとつない清々しい秋晴れの朝、そこで催される結婚式披露宴の撮影に入りました。

 チャペルは天井が高く、小さい音でも大きく反響します。オルガンやヴァイオリン、そして、ソプラノの響きが奏でられると、体全体に振動が伝わって来ますし、もちろん、人の声に対してもかなりの余韻があります。建物自体はそんなに古くはないのですが、音は荘厳な感じです。

 そのチャペルで、いよいよ結婚式が始まりました。牧師様はアメリカ西海岸の出身ですが、日本に長く滞在されているようで、日本語がとても流暢です。そして、とても話好きだということがすぐにわかります。

牧師様:「今日は聖書の愛、そして、人間が考えている愛を比較したいと思います。
 人間に『愛は何ですか』と聞くとほとんどの人が感情的な気持ちを返事する人が多いですね。決して間違った答えではありません。
 でも、天気のようなもので、晴れたなと思っていると曇って来て変わりやすい。人間の気持ちも同じように変わりやすく、信頼できないものです。

 ですから、変わることのない愛が必要です。それが聖書が教えている愛です。聖書の教えている愛は感じるものではなくて、決心するものです。
 『何があってもあなたを愛します』という決心ですね。教会式の最も大事なことはそれです。誓約というものです。
 どんな愛を決心するかというと、犠牲的な愛、そして、無条件な愛。

 実は不可能です! 私は20歳で結婚して18年間頑張って来たんですけど、まだ、完ぺきに出来ていません。聖書が教えている愛を完ぺきに出来る日は来ないです。

 ただ、なぜ、これを話しているかというと、これを目標にするということ。
 目標のない夫婦よりは幸せになるんですね。なんとかなる夫婦というのは『愛は何ですか』と考えたことがない夫婦、目標のない夫婦。そのような夫婦になって欲しくありません。

 目標を作って、それが完ぺきに出来なくても当然のこと。しかし、目標にして少しづつ、それに近づいていく。そうすれば、二人の愛はますます深くなり、あり得ないほどの幸せが待っています。

 誓約というのは『この愛を完ぺきに出来ます』という約束ではなく、『この愛を目指します』という意味であることを理解して下さい。

 それでは誓約の前に宿題をあげます。3つのことです。これを毎日実行して欲しい。
 一番目は自己中心を捨てること。二番目はコミュニケーション、会話を大切にするということ。そして、三番目は格好のよい三つの言葉を使うこと。

 今日からお別れの言葉、『行って来ます』、『さようなら』、電話を切るときに『ハイ、ハイ、ハイ』、を使わずに、必ず最後の言葉を次の三つの言葉にすると、本当に幸せになります。

 日本ですから日本語でもいいんでしょうけど、今日はここだけ英語で練習してみましょう。
 その言葉は何ですか。わかりますか。そうです。『I love you.』
 行動と言葉で見せる必要があります。ここで言うことほど難しい場所はないでしょうから、ここで言えるのならばどこでも言えます。それでは一発で行きましょう。新郎からどうぞ。」

新郎:「I love you.」

牧師様:「OK. Good job!(拍手) 新婦からもどうぞ。」

新婦:「I love you.」 (新婦の恥じらう顔がそこにありました。)

牧師様:「OK. (拍手) 話が長くなって、すみません。人生で一回だけのことですから・・・。終わりました。」

 誓約として、指輪の交換、誓約書へのサインが行われた後、牧師様から、「You may now kiss the bride.」の言葉。
 新郎が新婦のベールを上げてキスが終わった瞬間、

牧師様:「すみません。ちょっと短いので、もう一回お願いします。もうちょっと長目で・・・。」

 会場からどっと笑い声が起こり、和やかな結婚式は無事に終わりました。

 私は撮影をしていて、とても関心をしたのは牧師様が話している最中に、新郎新婦が何度も何度も深く頷いていることでした。それは乾いたスポンジに水が瞬く間に吸い込まれていくように、この新郎新婦の清らかな心の中に牧師様の言葉が浸み込んでいったのでしょう。

No. 146 2015-10-01 [撮影四方山話] 選択の自由、そして、教育の民営化

 オリジナル・シー・ヴイ代表の末次です。

 ラグビーW杯で、日本が南アフリカに劇的逆転勝利。この信じられない光景を見れるなんて、何はともあれ生きていて良かったと思える一瞬でした。

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<目次>
1.[撮影四方山話] 選択の自由、そして、教育の民営化
2.先月のイチオシ!! ビデオ作品 → 「平成26年度 卒園を祝う会」
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1.[撮影四方山話] 選択の自由、そして、教育の民営化

 1980年頃、経済学者ミルトン・フリードマンの著書「選択の自由」は世界に衝撃を与えました。
 当時、インフレと失業率が同時に起こるスタグフレーションが発生し、経済の閉塞感が蔓延していたのです。
 「この危機をどのように乗り切るのか。」
 その明快な回答を示してくれた人は彼以外にいなかったからです。

 彼は言いました。
 「われわれに、今必要とされている課題は”大きな政府”の誤った諸処の政策を排し、インフレを抑え、経済に活性を取り戻すことである。
 そのためには、政府の介入を限定し、個人・企業の自由な競争にゆだねる分野を広げるべきである・・・・・。」
 この本は日本において行革のバイブルと言われました。官営企業が次々と民営化され、JR、日本たばこ産業、NTT、日本郵政となったことは周知の事実です。

 もうひとつ彼が「選択の自由」で指摘した中で、現実化していないことがあります。「第六章 学校教育制度の退廃」で書かれている小・中・高校教育の民営化です。
 さすがに、教育は国家の基本であるだけに、容易にメスを入れることは出来ません。そこで日本の場合、まず、行政が手を付けたのは公立保育園の民営化です。

 男女雇用機会均等法が施行され、女性の就労形態が大きく変化する中で、保育園に必要とされるサービスは多様化しています。
 画一的な公立保育園では対処しづらい課題も私立保育園ならば新しい機会としてチャレンジできますので、民営化のタイミングとしては適していたのでしょう。

 もちろん、受け皿となる社会福祉法人の設立から、私立保育園の経営が軌道に乗るまで容易なことではありませんので、理事の方々や園長先生、そして、スタッフの皆さんにとっては毎日が苦難の連続ではないかと思います。

 それでも私が撮影で訪れている園長先生やスタッフの皆さんはいつも笑顔で明るく、情熱をもって園児に接しておられます。私自身も小さい頃6年間保育園で育って来ましたので、先生方の日々の努力には頭が下がる思いです。これからもどうか未来を担う子供たちのためにご尽力下さればと願っています。


2.先月のイチオシ!! ビデオ作品

作品名 「平成26年度 卒園を祝う会」
制作 神奈川県***保育園
作品時間 64分

 啓蟄から春分にかけて、ひとつの保育園で「そつえんをいわう会」が催されました。

 もちろん、最大のセレモニーは卒園証書授与なのですが、この保育園では少し工夫をされています。
 園長先生が卒園証書を読み、卒園児に手渡します。普通ならばここで卒園児は一礼をして席に戻りますが、この保育園では後ろに控えている卒園児のお父さん、或いは、お母さんに卒園児から再度、卒園証書を手渡すのです。

 園長先生が卒園証書を読み上げ、A君に手渡しました。
園長先生: 「よく頑張ったね。」
 卒園証書を受け取ったA君は急に顔をくしゃくしゃにして、お母さんの方へ振り返ります。
A君: 「ママ、いつも***を作ってくれてありがとう。
 僕も頑張るから・・・。(左手で目を覆い涙を拭って)
 僕も頑張りますから、ママも頑張って下さいね。」
 ママは両手で大切に卒園証書を受け取り、きつくA君を抱きしめました。

 B君は園長先生から卒園証書を受け取ると、パパの方へ振り返りました。
B君: 「***に連れて行ってくれて、ありがとう。」
パパ: 「ママとおじいちゃんが入院して、3か月間、パパと二人で過ごしたんですけど、ひとつも泣き言を言わずに頑張りました。これからも強くて優しいB君でいて下さい。」
 ふたりは強い強い握手を交わしました。

 C君は園長先生の前に出ると、止まらない涙を何度何度も腕で拭います。
 園長先生は肩を抱きながらパパの方へ誘い、そして、嗚咽で声が出ないC君の背中をさすって励まします。一方、パパはC君が話し終えるまで背筋を伸ばしてじっと待っています。
C君: 「楽しく、・・・、・・・、・・・、ありがとう。」
パパ: 「よく頑張りました。お兄さんとしても頑張ってね。おめでとう。」


 授与式が終わると、卒園児と先生は一旦、控室に入りました。
D先生: 「卒園、おめでとうございます。無事、式が終わって、ほっとしましたか。」
 みんなが「ほっとした」と言っている中で、
A君: 「俺、感動したよ!」

 そして、D先生から卒園児に対して、最後の挨拶を行いました。
D先生: 「・・・泣いて、拍手をいっぱいもらって、嬉しい卒園式が出来て、先生はとても嬉しかったです。みんな、ありがとうございました。」
 D先生は目頭をずっと抑えていると、
A君: 「泣いてもいいんだよ。」


 卒園児と保護者の皆さんが一同に会して、茶話会を過ごした後、先生全員から歌のプレゼントがありました。

「庭のシャベルが 一日ぬれて 
雨が上がって くしゃみをひとつ
雲が流れて 光が差して 見上げてみれば
ラララ 虹が虹が 空に架かって 
君の君の 気分も晴れて
きっと明日は いい天気 きっと明日は いい天気」