作品名「母の皿倉山登頂」
制作 Original CV
作品時間 12分- 福岡県北九州市八幡にお住まいの方は毎日、皿倉山を見て生活をしている。それは首都圏にいる方が毎日、富士山を見て生活していることと同じだ。
洞海湾を見下ろす標高622メートルのこの山の名は、神宮皇后が征西のおりこの山に登り「更に暮れたり」といわれたことから、名付けられたという。
この伝説のある山も、89歳の母にとっては毎日見て生活をしているだけでそれ以上でもそれ以下でもなかったに違いない。
ところが、今回私が帰省すると、母はこの山に登りたいと言い出した。足腰の弱っている母が歩いて登ることなどまったく考えられない。
しかし、北九州市のバリアフリーは充実していて、車椅子の方でもケーブルカーとスロープカーを乗り継げば山頂に立てるようになっている。
そこで、私たちもこれを利用することにした。
ケーブルカーに乗ると、そろそろお孫さんもできるのではないかと思われるような女性の車掌さんが明るく対応してくれた。ケーブルカー同士がすれ違うとき、大きく手を振る仕草はディズニーランドの従業員と変わらない。
高齢化の進むこの町を少しでも明るくしたいという気持ちが伝わってくる。
母は山頂に立つと、まず、自分の住んでいる家を目で追った。毎日、この山を見ているのだから、この山から自分の住んでいる家が見えないわけがない。
次に、その家を中心に変わってしまった八幡の町全体をじっくりと観察した。母は終戦後満州から帰ってきて以来、この町に住み、そして、この町と共に歩んできた。
いつまでも見続ける母の胸中に去来するものは私にはわからない。ただ、遠くからその母の姿をビデオカメラに収めただけだった。 - メールマガジン No. 107 2012-07-01