作品名「A Wedding Proposal」
制作 東京都男性
作品時間 22分- その日は勤勉な日本人の中でも、更に勤勉さを必要とされる職場の仕事納めの日でした。通常ならば、職員全員で飲み屋に直行して打ち上げとなるはずですが、その日の職員は都内の試写室に集まりました。
職員と関係者が揃ったところを見計らって、銀幕に映像が流れ始めました。
試写室のマナー、映画著作権保護を求める映像が流れた後、ブザーが鳴り、いよいよ試写会のスタートです。
10数本の映画やアニメのサビの部分が次々に紹介され、それはどれもひとつのテーマを表していました。
そして、次にいよいよ本日の主人公である彼の登場です。大学時代の映像や写真を織り交ぜながら、彼とその彼女の記録を追っていきました。
そして、その映像も終わり、試写室は一旦、真っ暗となりました。
試写室の照明を入れるスイッチがカチッと鳴り、試写室の中央に彼と彼女が職場の皆さんを前にして立ち上がりました。このとき、試写室に何かBGMを流しておいてあげれば、まだ良かったのでしょうけれど、実際は職場の皆さんも固唾を呑んだまったくの無音状態。
緊張感が試写室を覆い尽くし、息が出来ないような圧迫感を誰もが感じていました。
勇気を出して、彼は彼女の手を取り、一語一語噛み締めるように彼女に話しかけました。彼の頭の中では何万回も練習して来たのでしょうが、漲る緊張感に、突然、彼の頭は真っ白になってしまいました。
限りない沈黙。緊張感は試写室の扉を蹴破って、外に爆発しそうです。
彼は失った言葉を取り戻すために、一旦、彼女の手を離し、自分のカバンの中を夢中に捜しました。書き留めておいたカンペを見るためです。
そのとき、試写室の席に座っている職場のある人は顔を背け、ある人は頭をうなだれ、ある人は目を閉じて、無限のじれったさに耐えていました。
(・・・何をやってるんだ。・・・頑張れ。・・・もう少しだ。・・・もうひと踏ん張りだ。)
試写室にいる職場の全員が手に汗をかき、彼と同じ緊張感に耐えながら、彼を応援していました。この瞬間、職場の皆さんの心のベクトルは強烈な磁力を発する彼の心のベクトルとまったく合致していたと言えます。
彼は再び彼女の手を取り、彼の真摯で誠実な彼女に対する気持ちを語り終えました。そして、彼女は彼のプロポーズを受け入れました。
彼は両手を高々と上げて、職場の皆さんに彼の喜びを表現し、職場の皆さんの前で彼女と抱き合いました。それがまったく自然な流れで純粋に美しいものでした。
職場の皆さんの歓喜も凄まじく、試写室が職場の皆さんの雄叫びに染まると同時に、限りない安堵感に包まれました。
私はこの作品を編集しているとき、彼はつくづくすごいなあと感じました。もし、同年代の私だったら、上司の提案であると言ってもプロポーズをこのような形で行なうことを受け入れていないでしょう。
しかし、彼は上司の提案を受け入れました。そして、彼女も彼を受け入れました。
このお二人にはローマ時代のカエサルと同じようなclemente(寛容な)資質を感じます。この資質は誰もが持っているものではありません。
この資質を活かしながら、これから、お二人の大きな夢が大きく実現することを心より願っています。 - メールマガジン No. 129 2014-05-01