作品名「手紙」
制作 神奈川県男性
作品時間 8分- 母子家庭に育った格闘家Aさんが母へ送ったビデオレターから私の感想も含めて紹介します。
Aさんは幼稚園の頃から、お母さんが大好きだった子供でした。毎日、幼稚園の門まで、手をつないで通っていたそうです。
小学校になるとサッカーを始めますが、周りの子が父親と一緒にボールを蹴っているのに、自分だけがそれを出来ずに寂しい思いをしていました。
中学校に入ると家庭内が荒れました。毎日、けんか。それが嫌で家出をして友人宅に転がり込んだものの、お母さんは大きな声を出してAさんを捜しに来たそうです。
中学校では遅刻続きで、私立の高校へ入ることも難しいような状況でした。しかし、Aさんは奮起して勉強。見事に公立高校へ入学しました。
それでタガが外れたのか、高校の成績はビリから数えた方が早いほど。友人と一緒に物を盗っちゃったり、夜に小学校のプールでお泳いだりと、お母さんが呼び出されることが頻繁でした。
高校も卒業を迎える頃、今後の進路について、学校の担当の先生、お母さん、そして、本人であるAさんとの3者面談が行われました。Aさんは自分の進路について語りました。
「大学へは行かない。就職もしない。私は格闘家になる。」
もちろん、学校の先生は大反対。ところがお母さんは次のように言って、先生を説得したのです。
「この子の人生だから、この子の好きなようにさせてあげたいんです。」
そこから、Aさんはプロの格闘家としての道がスタートしました。
プロのデビュー戦の準備を着実に進めていき、デビュー戦も間近というとき、Aさんが大好きだったおじいちゃんが亡くなりました。
そのショックでAさんはお母さんに「デビュー戦に出ない」と言ったところ、お母さんは次のように語ったのです。
「おじいちゃんはなんで孫が殴られるところを見なきゃならんのだ、と言っていたけど、本当は楽しみにしていたのよ。きっとどこかで見てくれているはずだから、頑張ってデビュー戦をやりなさい。」
Aさんがお母さんから「やりなさい」と言われたのはそのときが初めてだったそうです。
そして、プロのデビュー戦。
ぎっしりと詰まった会場はAさんが登場するのを今か今かと待ち構えていました。
Aさんがゲートから出てリングへの花道に出てくると、ウォーと会場が盛り上がりました。Aさんを励まそうと花道でAさんの肩を友人が次々と叩きます。
そして、リングに上がると「***!、***!、***!」とAさんの名前を呼ぶシュプレヒコールが会場全体から巻き起こりました。
そのとき、お母さんの気持ちはどうだったのでしょうか。
地響きのように体に伝わってくるAさんの名前を呼ぶシュプレヒコール。体全体に鳥肌が立ち、身震いするような緊張感。多くの人を虜にしてリング上に立つ自分の息子の勇姿。
これだけの人を集客できるというのは強いというだけではありません。Aさんに多くの人たちを魅惑する人望があるからでしょう。それがお母さんにわからないはずはありません。どんなにか、自分の息子を誇りに思ったことか・・・。
試合は一方的にAさんが圧倒して勝ちました。花道でAさんに次々と花束が贈られました。そこに集まったすべての人の笑顔がAさんの財産なのではないでしょうか。 - メールマガジン No. 133 2014-09-01