作品名「*C*スポーツクライミング2013」
制作 Original CV
作品時間 8分- アルベルト・アインシュタインといえば、相対性理論を作り出した天才であることを知らない人はいません。
その彼の名言のひとつに次のようなものがあります。
「人生には2つの道しかない。一つは奇跡などまったくないかのように生きること。もう一つはすべてが奇跡であるかのように生きることだ。」
奇跡という意味を「自分が信じられないようなことを自分自身が実現した」とするならば、私は後者のように生きています。
三浦半島に鷹取山という山があります。昔は石切り場だったのですが、いつの頃からか、その垂直、直角な岩壁を生かしてクライマーが岩登りの練習場として利用するようになりました。今でこそ全国津々浦々にクライミングジムがありますが、まだクライミングジムが無かった頃はこの鷹取山が関東での数少ない練習場のひとつだったのです。
古い話ですが、植村直己さん、小西政継さん、長谷川恒男さんもここで練習していたのです。
この鷹取山の代表的なルートがマッシュ・ルーフです。20メートルぐらいの高さの下3分の1は凹角、上3分の1は凸角、その間を埋める部分は逆三角形の3メートルほど張り出した屋根上の岩になっています。
約20年前にこのマッシュ・ルーフを見たとき、自分がそれを登っている姿など想像すら出来ませんでした。これを登れるのは限られた特別な人だと思いました。その一人が当時のコンペのチャンピオンだった立木さんです。
彼はこのマッシュ・ルーフの最もかぶったところを上に下に左に右に自由自在に登る華麗なクラシックダンサーのようでした。うまいという表現はとっくに通り越して、アートという以上にアーティスティックで、私には真っ白なキャンバスにストレートに伸びた足で大胆にスケッチしている壮大な舞台芸術のように見えました。
当時、私がトライしていたのは南面フランケの天の川でした。1997年パキスタン・スキルブルムで亡くなられた永澤さんもその辺りでトレーニングされていました。
ある日、南面フランケの下を通りがかったハイカーが岩壁を見て、
「こんなところ登れないわよね」
と道連れの人に話しかけました。
それを聞いていた永澤さんは
「そんなことありませんよ。あなたが登ろうと思えば登れますよ。」
と答えました。
それを聞いていた私は自分でも登ろうと思うことにしました。思うだけでは当然登れないので、毎週、土日曜日と鷹取山に通い、簡単なルートからひとつひとつ登っていきました。
そして、数年後南面フランケを登り尽した私はとうとうあのマッシュ・ルーフにトライすることにしました。上半身の力がない私はルーフに差し掛かったときにすぐに落ちてしまうことがずっと続きました。1年間ぐらい通い込んだでしょうか。1年後には私の上腕は太くなり、肩回りの肉が付き、背筋もかなり付いていました。
そして、ある日、マッシュ・ルーフを完登することが出来たのです。数年前なら信じられないことでした。
これは私の人生観を大きく変えました。何をやってもだめだと思ってチャレンジすらしなかったそれまでの生き方を見直し、まずはやってみようという気になりました。
それからは一本道だったように思います。キリマンジャロに登り、パタゴニアを散策し、タイ・プラナンに通い込み、そして、サラリーマン生活に見切りをつけて現在に至っています。
ですから、この鷹取山のマッシュをトライしているクライマーを撮影するとき、自分の思いがダブって見えてしまうのです。
このクライマーもいつかは大きく羽ばたいていくだろうと。 - メールマガジン No. 134 2014-10-01