作品名 「地の果て -パタゴニア・パイネ トレッキング-」
制作 末次浩
時間 39分- 1997年12月24日 成田空港の集合場所に着き、他のツアー参加者と初めて対面しました。昨年、キリマンジャロでお世話になった同じ旅行会社のツアーに申し込んでいたのです。そのとき、
”しまった。場違いのところに来てしまった。”
と後悔しました。
ツアー参加者の8割は女性。それも皆さん、私よりもご高齢な方たちばかり。昨年は全員が強者の男性登山者ばかりだったのに、この違いは何?
そうやって、このトレッキングのツアーが始まったのです。
今はもう無くなってしまったヴァリグ・ブラジル航空に乗りました。
成田 → 米国・ロサンゼルス → ブラジル・サンパウロ → チリ・サンチャゴ。
そこで1泊し、ローカル線に乗り換えて、サンチャゴ → プンタ・アレーナス。
フライト時間だけでまるまる24時間は乗っていたと思います。何と遠いところか。本当に、日本から見れば、「地の果て」です。
時間はたっぷりとありますので、他の参加者の方たちと話をしますと、
「ヨーロッパ・アルプス、ヒマラヤ、カナディアン・ロッキーのトレッキング・ツアーには何度も参加したのよ。もう行くところがなくなったのよね。だから、このツアーに参加したというわけ。今回は珍しい高山植物が楽しみかな。」
ってな感じです。
つまり、皆さん、お金も時間もたっぷりとある海外トレッキング熟練者ばかりだったのです。それはそれですごいなーと敬服しました。
12月28日 プンタアレーナス → 公園管理事務所
最南の町 プンタアレーナスの空港に降り立つと、その寒さに身震いしました。こちらは南半球なので、今は真夏のはず。それなのに、この寒さ。セーターをもう一枚追加しないといけないかな。
チャーターしていたミニバスに乗り込み出発。パナマ運河が開通するまでは船の往来が頻繁だったというマゼラン海峡を見ながら、進んで行きました。
ダチョウ、マゼランペンギン、コンドル、グアナコなどの動物たちに出会いながらパイネ国立公園の公園管理事務所に到達。とうとうパイネ山群の山容が姿を現しました。
12月29日 公園管理事務所 → ペオエ湖畔
トレッキング開始。これから先はバンガローのような宿泊施設はないので、すべてテント泊まりとなります。テント、食料などの運搬は現地ポーター6-7人で10頭ほどの馬で運びました。
トレッキングが目的で来ているので、歩くのは仕方がないのですが、彼らと同じように馬に乗っていけば、なんと楽なことか・・・。
私は雄大な山容を見ながら草原を歩いていましたが、女性陣は「ここにもある、あそこにもある」と珍しい高山植物に歓喜。私には名前のわからないものばかりでしたが、黄色い袋を持った”レディーススリッパ”と、せせらぎのそばにたたずむ”小川の涙”という赤い花の名前を教えていただきました。ロマンチックです。
私は上を、彼女らは下を見ながら歩くという構図。興味の対象が違うんです。
言うまでもなく、この草原には始終、強烈な風が吹き荒れていました。
12月30日 ペオエ湖畔 → グレイ湖畔
グレイ川をたどりながら登っていき、グレイ湖全体が見える高台に立つと誰もが「すごい」と叫んでいました。
グレイ湖には直径10-30mぐらいはあろうかという巨大な氷塊が無数に浮かんでいたのです。
そして、さらに進んで行くとグレイ氷河が現れました。氷河というよりも氷原と言った方がよいのかもしれません。はるか向かうに見える地平線上の山と山の鞍部から壮大なスケールで流れて来るのです。
そして、その末端がグレイ湖に入るとグレイ氷河の氷塊が崩れてグレイ湖に浮かぶのです。氷塊が崩れる頻度は1時間に1回程度。それが崩れるとき震度3程度の地響きがします。
その夜、グレイ湖畔に泊りましたが、真っ暗なテントの中で1時間置きにドーン、ドーンと鳴り響く音と振動に心安らかにしていろと言う方が無理な話しです。
12月31日 グレイ湖畔 → フランセス谷
フランセス谷はパイネ・グランデ(3,050m)とパイネ・クエルノ(2,100m)の間にあります。いよいよパイネ山群の核心に入って来ました。明日はこのフランセス谷を登り、パイネの懐と言える円形劇場に到達するこのトレッキング最大の山場です。
その前に、祝杯をやろうというのです。ポーター達はこの日を楽しみにしていたようです。日本ではありえませんが、国立公園内にあるそこら辺の木を切ってきて、きれいにナイフで削って丸焼きのセットを作りました。そして、持ってきた巨大な肉の塊を串刺しにして焚き木の上で丸焼きをしました。大量のワインももちろんありました。言うまでもなく美味なチリ・ワイン。
現地ガイドのAさんは私に「美味しいものを食べさせてあげるよ」と言ってたまねぎ1個を持って来ました。
なんということはなく、彼はそれをそのまま焚き木の中に放り込んだのです。しばらくして、真っ黒に焼けたたまねぎを取り出しました。その焦げた周りの皮を器用に剥いて、中の白い実を取り出して「食べろ」と言います。
食べてみると、とろけるように甘くて美味しいのです。山の中で食べるものは何でも美味しいといいますが、これもそのひとつでしょうか。
1月1日 フランセス谷 → 円形劇場
朝から清々しい穏やかな天気。フランセス谷を登り始めると、珍しいことに普段、馬にばかり乗って歩くことがないポーター達も歩いて登って来ました。
「こんなに穏やかで素晴らしい天気はパイネではめったにない。自分も一目、円形劇場の中を見たい。」というのです。
パイネは青という意味です。緯度が高い地域の空の色は青の中でも深い青です。紺碧。
左手に見えるパイネ・グランデの山の上に、そのパイネの色がありました。
珍しく風が吹かない静寂な世界の中で、パイネ・グランデの山の中からカランコロンと落石の音がこだまします。その瞬間、雪崩が発生し、岩壁を滝のように流れていきます。雄大そのもの。
そして、とうとう円形劇場の中に入って来ました。ぐるっと回りを見渡すと巨大な岩峰が何本もそそりたっています。どうやったらこのようなものが出来上がるのでしょうか。
パイネの空の下に、その全容を見せて下さった神様に感謝しないわけにはいきませんでした。
円形劇場の中を撮影した2分ほどの映像があります。
https://www.originalcv.com/climbing/1606videoWorks/aWork/index.php?wnum=74
当時のビデオカメラはアナログのHi8。現在の4K、8Kと言われるビデオカメラで撮影できていればなあ・・・。 - メールマガジン No. 173 2018-01-01