作品名 「Climbing and Diving in Thailand」(前編)
制作 末次浩
時間 44分- 1998年当時はまだインターネットの黎明期。タイ・プラナンの情報を検索しても何も出て来ません。私たちが行こうとしているところは辺鄙なところなので、「地球の歩き方」に載っているわけでもないのです。
ある情報と言えば、タイ・プラナンに行ったことがあるというクライマーの話とその人からコピーしてもらった数枚の紙の情報だけ。
事前に宿泊先を予約出来るはずもなく、すべては現地についてからの交渉次第。ワイルド、そして、いかにもワイルドそのものなのです。
今回の旅はAさんと私の二人だけ。
当初はインドを一人で放浪していたという旅慣れたBさんと二人で行く予定でした。そこに年配のAさんも行きたいというのでメンバーに加わりました。ところが、出発前にBさんが怪我をして行けなくなり、再び二人になったのです。
旅に不慣れな二人だけでは不安でしたが、Aさんの行きたいという強い意志で、この旅が実現することになったのです。
それはそれはあまりにも珍道中過ぎて、一生、私の記憶から消えることはないでしょう。つまり、これによって本当の旅の醍醐味を知ることになったのです。
成田を出発して飛行機の中でたらふくビールを飲んだ後、夕方5時頃にタイ・プーケットに到着しました。空港のロビーを出て、すぐにアオナンまで行ける白タクを捜すのですが、これも交渉事。
決まった値段があるようで無いのと同じ。安さと安全さのシーソーゲームをドライバーの目や仕草で信用できるかどうか判断します。そして、ドライバーを決めて、いざ出発。
情報によるとアオナンまで2時間ほど。白タクに乗ったのは陽が暮れる頃。街中を抜けて、周りがヤシの木のジャングルのようなところをひた走ります。そして、陽が完全に沈んで真っ暗となった中でも車は暗闇を突っ切って延々と進んで行くのです。
”このドライバー、本当に無事に連れて行ってくれるのだろうか。もし、こんなところで降ろされでもしたら、決して生きて帰ることなんてできない。”
Aさんも私と同じようなことを考えていたようで、二人でビビッていたのです。
2時間後、真っ暗な暗闇の中から、突如、ネオンが輝く街に入りました。
アオナンに到着です。でも、これで終わったわけではありません。泊ることの出来るバンガローを捜さないといけないのですが、私たちには何もわかりません。ドライバーに頼んで、捜してもらうことにしました。
1軒目、2軒目、3軒目・・・。クリスマス前のこの時期、一番混む頃なのでどこのバンガローも空いていないんです。ドライバーの機転で、アオナンを諦めて、もうひとつの町クラビに行くことにしました。そして、クラビの小さなホテルに空室があることを知り、そこに漸く泊ることが出来たのです。
次の朝、ここから船に乗ってライレイへ向かいますが、その前にライレイのバンガローの予約をどうしても取っておきたかったのです。昨日、アオナンのバンガローが泊れなかったこともありますし、ライレイに行ってからバンガローに宿泊出来ないとなればみじめ過ぎます。
ある旅行代理店に入ると、当時日本では毒カレー事件の話題で騒がれていましたが、その容疑者の顔とそっくりなオバサンがそこに座っていました。
「ライレイのバンガローの予約をしたいんですけど・・・。」
面倒くさそうにこちらをじっと見て、
「今頃来ても空いてないよ。空いてるのは1泊2000バーツのホテルだけさ。」
「エッ。」
紙切れの情報によると1泊600-800バーツぐらいと聞いていたので、それぐらいのお金しか持ち合わせていません。
(注: 現在、ライレイはリゾート地に変貌していますので、バンガローといえど2000バーツを下回る部屋はないと思います。1バーツ=4円程度。)
どうしようかと悩んでいると、Aさんが来て、
「まず、メシでも食おうや。」
その旅行代理店から出て、コーヒーショップに入り椅子に腰かけました。
Aさんは私をなだめて、
「末さん、どうにかなるよ。」
私はトーンを半分上げ、声を裏返らせて
「どうにもならないよ。」
この瞬間、おっとりしたAさんと心配性の私の二人の名コンビが出来上がったのかもしれません。
コーヒーショップから周りを見渡すと、他にも旅行代理店がいくつかありました。気を取り直して、もうひとつの旅行代理店に入ると、
「ライレイのバンガローの予約をしたいんですけど・・・。」
二つ返事で、
「いいよ。7日間ならば1泊750バーツの部屋があるよ。」
「はい、予約します!」
空いてるじゃん。これまで暗かった顔が突如、満面の笑みに変わりました。滞在する予定は10日間でしたので、3日間ほど足りませんが、それは現地へ行けばなんとかなるでしょう。急に希望が湧いて来てすべてが明るく輝く世界に見えて来ました。
人間なんて、そんなもんでしょう。ちょっとしたことで天と地の差が出てしまうんです。
そして、ボートに40分乗って、ライレイの南にあるプラナン・ビーチに上陸しました。
そり立つようなオーバーハング。お化けのようなコルネ(つらら石)。そして、透き通ったエメラルドグリーンの海。
想像をはるかに超えた美しい世界がそこに展開していたのです。
”ここに1週間も滞在できるなんて・・・”
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20年前のプラナンの映像(1分30秒ほど)。
https://www.originalcv.com/climbing/1606videoWorks/aWork/index.php?wnum=1 - メールマガジン No. 174 2018-02-01