作品名 「PHRA NANG 2000」
制作 末次浩
時間 37分- 昨年の”体験ダイビング”で懲りた私はPADIのオープンウォーターのライセンスを取得し、今年こそは満足の出来るスクーバ・ダイビングをしようと意気込んでいました。
今年(西暦2000年)のタイ・プラナン行きも、昨年と同様にメンバーはAさんと私の二人だけ。珍道中コンビは相変わらず健在でした。
プラナンに滞在を始めて、最初のクライミングのレスト日に、いよいよスクーバ・ダイビングをすることにしました。ライレイビーチではフランス人のインストラクターがダイビング・スクールを開いていましたので、そこに参加することにしました。
その日、器具一式を載せてボートに乗り込んだのはインストラクターであるフランス人夫妻、アドバンスドコースを受講しているドイツ人カップル、そして、初級コースを楽しむ日本人のAさんと私の計6人でした。会話は英語で行いました。なんだか不思議ですね。
ライレイビーチを出発して、沖合いの小さな島の岸壁沿いにボートを留めました。しかし、そこは入り江ではなく外洋なので、ボートは波間に揺られ、そしてまた、揺られます。1本目のダイビングを終えたAさんと私は、アドバンスドコースを受講しているドイツ人が上がってくるのを待っていたのですが、その間に完ぺきに船酔いしてしまいました。二人の顔は青白いというよりも土色をしていました。
持参した昼食を見る気もしない。2本目のダイビングなんてしなくてよいから、さっさとライレイビーチに引き返して欲しい。
そこに1本目のダイビングを終えたドイツ人たちが上がって来たのですが、「こんな美しい海は見たことがない」と目を輝かせ、楽しさではち切れないというように興奮していました。私ら二人とまったく対照的でした。
その後も、2本目のドイツ人たちのダイビングが終わるのをボートの上で待ち続けるこの苦しみ。どうも私にとって、タイでのダイビングは相性が悪いという一言に尽きました。
そして2回目のタイ・プラナンの旅も最終日を向えるという日、タイワンドウォールというクライミングエリアのマルチピッチを登ることにしました。6A+ 25m, 6B+ 25m, 7A 45m, 6B 28mという薄かぶりの前傾壁が100m以上続く、日本では見ることが出来ない豪快なルートです。登り切った後は40m,40m,55mの3回の懸垂下降で降りて来ます。最後の55mは完全に空中に飛び出る空中懸垂となります。
が、しかし、この年に持参したロープ2本の長さは60mと50mだったのです。
すぐに、「最後の空中懸垂はロープの長さが5m足りなくなるね」と分かりそうなもの。「そんなこと考えなくたってわかるよ」とクライミング仲間からお叱りを受けるのはごもっとも。
私たち二人はプラナン・ボケをしていたんでしょう。何の不安も持たずにこのルートにトライし、登り切ったのです。1回目40m、2回目40mの懸垂下降を終え、最後の3回目55mの懸垂下降に入ろうと私が先に降りようとしたときでした。
50mロープの末端が空中でゆらゆらと揺れているんです。
「Aさん、ロープが下に着いてないよ。」
あっと、その瞬間始めて、55mの懸垂下降で50mのロープを使ったら、5m足りなくなるということに気付いたのです。
「馬鹿だね~。どうすんの?」
目を凝らして下方の壁を観察していると、豪快な空中懸垂が始まるその直前のところに、他のルートの下降ポイントがあることに気付きました。そこまで10m程です。
「あそこまで降りて、懸垂支点を作り直せば、無事に降りられる。助かった~。」
クライミング事故の約半分は懸垂下降時に発生しており、そのほとんどが死亡に繋がる大事故になっています。このような大チョンボがあって以来、私は懸垂下降時には2重にも3重にも4重にも注意をする習慣が身に付きました。
ヒューマンエラーは必ず起きる。だからこそ、ダブルの安全確保が必要。わかり切っていることを確実にやる習慣こそが身を守る秘訣なのかもしれません。
3分ほどの映像です。プラナンのクリスマスの夜。そして、タイワンドウォールのクライミングと懸垂下降のシーンも見れます。
https://www.originalcv.com/climbing/1606videoWorks/aWork/index.php?wnum=4 - メールマガジン No. 176 2018-04-01