作品名 「Jeff s World」
制作 神奈川県男性
作品時間 84分- メルマガ最後に紹介するビデオ作品はこれ以外に考えられません。
『Jeff s World』
米国・ヨセミテのビッグ・ウォールの中での信じられない演出。こんなことを誰が予測出来るでしょうか。
2008年、Aさんの誘いで米国・ヨセミテのビッグ・ウォールにチャレンジすることになりました。ヨセミテに行くのは初めての私に、Aさんは気遣ってくれ、著名な写真家ハインツ・ザックさんが撮影した豪華なヨセミテ写真集を贈ってくれました。1枚、1枚めくる度に、ため息が出るほど美しいヨセミテのショット。
さて、ロサンゼルスに着くと、すぐにBさんの家に転がり込みました。Bさんは横浜の私のマンションに1週間程滞在したこともあるので周知の仲です。ロサンゼルス郊外のあちらこちらの岩場を登り、そして、ジョシュアトリーの彼の父親が持っているゲストハウスにも泊まりました。
そして、今回の最大の目標であるヨセミテに到着。当初の予定とは違うのですが、ロストアロー・スパイアーを登ることになりました。と言っても、クライミングに興味の無い方はピンと来ないかもしれません。
そこで、634メートルの高さがある東京スカイツリーを頭の中に描いて見てください。この頂上から70メートルほど下がり、そこを起点として斜めに鉄塔が突き刺さっていると仮定して下さい。その鉄塔の頂上は東京スカイツリーの頂上とほぼ同じ高さです。下から見たら、爪楊枝が突き刺さっているぐらいにしか見えませんが、その爪楊枝の先端に実際に行くのは相当な高度感です。
私たち3人はまず、東京スカイツリーの頂上まで歩いて登ります。そして、2本の長いロープを使います。1本はバックロープとしてその末端を東京スカイツリーの頂上に固定し、これを利用して70メートル下の突き刺さった鉄塔の基部まで下降します。次に、もう1本のロープで鉄塔の先端まで登り、再び、バックロープを利用して、鉄塔の先端から東京スカイツリーの頂上に戻るというわけです。
当日、地元フレズノに住む2人のクライマーが私たちよりも先に東京スカイツリーの頂上に到着しており、彼らが先に取り付きました。その後を追って、私たち3人も取り付きました。
東京スカイツリーの頂上から70メートル下の鉄塔の基部まで下降。Bさん、Aさんが登り、最後に私が登りました。私は鉄塔の先端まで数メートルのところまで来て、東京スカイツリーの頂上を見ると、すでに登り終って東京スカイツリーの頂上に戻っているフレズノの2人のクライマーがいました。
ということは、鉄塔の先端には私よりも前に登っているBさんとAさんの2人がいるはず。
そして、私がとうとう鉄塔の先端に到達すると、BさんとAさんの他に、もう一人いるんです。
『えっ! この人、何処から来たの?』
呆然としている私に、Aさんはニコニコとしてこちらを向いて、
「スエさん。この方、知ってますよね?」
「???」
「写真家のハインツ・ザックさんです。」
「ん! あの著名な・・・」
私はすかさず握手を求めると、ザックさんは愛想よく応じてくれました。
状況を呑み込めていない私に、Aさんが説明するには、ザックさんは先行したフレズノの2人のロープを利用させてもらって、鉄塔の先端まで来て、これから綱渡りをするためにスラックラインを張るとのこと。
ふーん、すごい人達はすごいことをするもんだ。
さて、実際のヨセミテとはどういうところかというと氷河が削った深いU字谷になっていて、両側の大岩壁の高さは800メートルほどあります。その片側の頂上付近に、東京スカイツリーの鉄塔に譬えたロストアロー・スパイアがあるというわけです。
そのすぐ側にはこの標高差800メートルを流れ落ちるヨセミテフォールがあり、春の雪解け水で水かさが増したこの滝は迫力、豪快さとも圧巻でした。飛び散ったしぶきがあたり一面を潤し、ロストアロー・スパイアーの頂上から見ると、陽が照っている限り、弧を描いた虹が消えることはありませんでした。
そして、振り返って、反対側の大岩壁を見ると、豪快なハーフドームがあります。800メートル下の谷は新緑で埋まり、春の最も美しい時期だったのではないでしょうか。
ただ、私にとってはこの美しさに浸る余裕はまったくありませんでした。800メートルという高さの緊張感で、頭が真っ白だったのです。
米国で楽しかったクライミングを終えて、横浜に戻り、しばらくしてからふと思いました。
Aさんは写真家のハインツ・ザックさんがロストアロー・スパイアの先端に来ることを知っていて、予め、日本を出発する前に、彼の写真集を私に贈ったということ!?
あり得ない。決して、あり得ないよ、そんなすごい演出!! - メールマガジン No. 189 2019-05-01